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December 4, 2018

『アウトゼア』伊藤丈紘
隈元博樹

[ cinema ]

 ここに「いくつかの声、ひとつの夢、島/映画『Out there』のためのシナリオ」と題された映像がある。ふたつのプロジェクタによって映し出されたどこかの風景は、壁の上で少しズレた状態で重なり合い、それぞれに一定の時間が経てば新たな場面へと切り替わっていく。やがてふたつの映像はひとつだけ投写され、いっぽうはシナリオらしきト書きとセリフの文章を読み上げる誰かの姿へと変わり、そこで発せられる声に重なるというものだ。つまり最初からズレて重なったふたつの映像は、経過する時間と、それ自体とは無関係な誰かの姿と声の介在によって、いくつかの見えるものと聴こえるものを提示する。一見何かの展示作品のようにも見えるが、『アウトゼア』を観たあとであれば、それらの風景が台湾で撮られたものであり、本編の冒頭に登場するテストプリントのフッテージであることがわかるだろう。この模様は4年前に横浜の「blanClass」で行われたものだが、『アウトゼア』とはこの数分のできごとを主題とした映画だと思った。
 映像と映像の重なり合い。それは台湾のシネアストたちが残してきた映画の記憶ともつながっている。たとえば主人公の馬(馬君馳)が暮らすアパートの一室。彼が台湾で暮らす姉との電話の最中に自らが現像した写真を室内で干す場面は、『珈琲時光』で一青窈が携帯電話を肩と耳で挟みながら洗濯物を干すカメラアングルと重なるし、街中の馬を遠くから収める次のショットからは、カメラを携えた『恐怖分子』のリウ・ミンの姿を見出すことさえできるだろう。たしかに映画的記憶を喚起させる瞬間は、伊藤丈紘のこれまでの映画 (『ZERO NOIR』『MORE』)においても、ニコラス・レイやジェームズ・グレイ、アルノー・デプレシャンなどといった固有名とともに強く刻印されている。しかしそのことは、「いくつかの声、ひとつの夢、島/映画『Out there』のためのシナリオ」での試みのように、かねてから存在する映画の記憶を後景に据え、そこに自らの映画を投写するという行為だったのかもしれない。つまり『アウトゼア』においては、ホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンによる映画的記憶とつながるとともに、両者と重ならずに見える部分(=Out there)にこそ、伊藤丈紘の持つ演出の機微が垣間見えることを示唆してもいるのだろう。
 こうした前景と後景の関係性は、『アウトゼア』の登場人物に託された状況や彼らを取り巻くロケーションにも作用している。ここでの後景が製作中断を余儀なくされた映画監督の晴夫(小林晴夫)の手元に残るテストプリントの映像ならば、日本パートの白黒(一部セピア)映画や台湾パートのカラー映画とは、まさしくその後景の上に映し出された前景の映画だ。さらにはそこにドキュメンタリーとフィクション、台湾や日本といった相見える状況を介在させ、伊藤は演出という差異を通して複数の状況を私たちに与えようとする。たとえばそれは晴夫のオーディションを受ける馬が、母国や言語に関して詳らかに語る場面のあと、そのままローラーブレードで街中を疾走する姿や台湾の家族へ会いに行く場面へと接続されることであり、彼とは別のオーディションを受ける女優(北浦愛)が、たちまち橋の上で馬と出くわす晴夫の映画の女性となり、馬の助けを借りて翻訳作業に従事していく場面へと接続されることでもある。また、幹線道路の後方を横切る台湾の電車が、大岡川の後方を横切る京浜急行の電車と重なったとき、「何かは同じだが、それぞれはちがう」といった複数の状況やロケーションのありようが、この『アウトゼア』では淀みなく散りばめられていることに気づくのだ。
 そして、映像に重なる声や音。それは後半にふたたびテストプリントの光景が映し出され、どこからともなく誰かの足音や声が聴こえてくる場面で顕著となる。目の前には海辺の風景や廃墟と化した映画館が映し出されるものの、人物らしき姿が見えることはない。しかし、「誰かがいるのかもしれない」と思わせるその足音と声は、この無人のテストプリントを後景に据え、聴こえることで醸成された新たな前景だとも言える。その音声の主は馬かもしれないし、そうではないのかもしれない。しかし『アウトゼア』は、この1本のテストプリントを後景として配置し、そこに加わる誰かの声や音さえも前景化させることで、あったかもしれない、あるいは撮られたかもしれない複数の状況を喚起させようとしていることが見て取れるだろう。
 映像と映像の重なりによって見える何か、またはある映像に重ねられた声や音によって聴こえる何かを掬い取ること。それは言い換えれば、今まさに映画が生まれようとする瞬間に立ち合うことでもある。そしておそらく、馬のアパートや晴夫のオフィスにふと現れる謎の女性(瀬戸夏美)とは、その瞬間に立ち合うべく当人のひとりだったのではないだろうか。だから私たちも、この『アウトゼア』によって導かれた後景を目に焼き付け、前景がもたらすその向こう側(=Out there)へ行ってみようではないか。きっとそこには、まだ見ぬ映画の景色が待っているはずだ。

『アウトゼア』は12月7日(金)18:00より「交差する視点 日仏インディペンデント映画特集」にて上映

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