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April 1, 2019

『ジェシカ』キャロリーヌ・ポギ&ジョナタン・ヴィネル
池田百花

[ cinema ]

 閑静な住宅街に建つ一軒の家と、血を流した青年、そして彼の救護に駆けつける戦闘服姿の一団。そんな異様な光景とともに物語は幕を開け、穏やかな女性の声によってその背景が語られていく。そこでは、親の愛情を知らずに育ち心に「怪物」を抱えた孤児たちが大人たちから命を狙われていて、彼らのなかには映画の冒頭で登場する青年のように絶望して自ら命を断とうとする者もいる。社会に対して危険分子となりかねない孤児たちの命をいち早く摘み取ろうとする大人たちに対して、ジェシカという女性は無条件に彼らを救って仲間に加え、ひとつの共同体を作り、新たな命が犠牲にならないように大人たちに立ち向かう。
 ジェシカという人物は実在するゲームのあるキャラクターをもとにつくられているそうだが、孤児たちにとっての彼女もまた、母性的な存在でありながらどこか生身の人間とは異質の偶像化された存在である。彼女の素姓やなぜ自分たちを救ってくれるのかについて、彼らは少なからず疑問に思っているものの、それを直接本人に尋ねる者はいない。その理由がわからずとも、彼らはこの共同体のなかにいる限り安全で笑顔でいられて、それがジェシカの望みでありこの場所では何よりも大切なことなのだ。
 ジェシカは心に「怪物」を持ってしまったがゆえに異分子とみなされ社会から追われる身となった孤児たちを守る反面、自分たちに向けられた暴力に対しては同じく何らかの暴力で対抗する。今回の特集で行われたこの映画のアフタートークで指摘されていた通り、それはある種の「未熟さ」を感じさせる対抗手段であるとも言えるし、いまある世界を破壊してまったく新しい世界を作り上げたいという欲望が現代の若い世代の人たちのなかにあるのだとしたら、ジェシカもそういう欲望を持つ者のひとりであるのかもしれない。たしかにそうした「未熟さ」を一側面に持つ極端な考え方に潜む盲目性がときに危険にもなりうることは否めないし、映画のなかでもジェシカの想いが常に孤児たちを完全に救うとは限らない。ただここでは、冷酷な社会に対して愛の力を信じて闘う戦士ジェシカの姿が、そうしたことを等閑視させてしまうほど強い輝きを放っている。
 ジェシカのもとに集められた孤児たちはみんな男性で、そのなかで唯一自分たちのコミュニティーの外で出会ったカミーユという少女と恋に落ちる青年がいるのだが、カミーユもジェシカと同様に彼の心に棲む「怪物」を受け入れ、彼が属する共同体のことも理解する。彼女はまた孤児たちと同じく、絶望の地にひとつの希望として立ち現れたジェシカの愛を称賛し、彼女がもたらす愛がすべてを変えてくれることを信じている。そうしてこの地での最後の望みがジェシカに託される。


アンスティチュ・フランセ「映画/批評月間~フランス映画の現在をめぐって~」にて上映。4/12に再上映あり

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