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March 17, 2021

『二重のまち/交代地の歌を編む』小森はるか+瀬尾夏美
中村修七

[ cinema ]

kotaichi_credit.jpeg 『二重のまち/交代地のうたを編む』は、見る者に戸惑いと驚きをもたらす素晴らしい作品だと思う。この作品がもたらす戸惑いと驚きについて、3点ほど書いてみたい。
 まず1点目として、『二重のまち/交代地のうたを編む』は、その複数的なあり方によって、作品に触れる者を戸惑わす。2020年の恵比寿映像祭では、映像作品として『二重のまち/交代地のうたを編む』が上映されるほか、インスタレーション作品として展示されていた。小森はるか+瀬尾夏美のホームページを見ると、作品『二重のまち/交代地のうたを編む』は「インスタレーションまたは映像作品の上映」とされており、「制作:小森はるか+瀬尾夏美」と記されている。一方、映画館で公開されている映画『二重のまち/交代地のうたを編む』のホームページを見ると、「監督:小森はるか+瀬尾夏美」と記されている。さらに、東中野のポレポレ坐で開催されている「瀬尾夏美作品展+『二重のまち/交代地のうたを編む』資料展」を見てみると、作品のもととなったワークショップでも『二重のまち/交代地のうたを編む』という名が用いられていたようだ。つまり、『二重のまち/交代地のうたを編む』は、ワークショップでもインスタレーションでも映像作品でも映画でもある。そもそも、小森はるかと瀬尾夏美へのインタビューで語られているように、『二重のまち/交代地のうたを編む』は「一つのプロジェクト」として制作されたものだ。映画『二重のまち/交代地のうたを編む』は、この「プロジェクト」のアウトプットがとる一つの姿に過ぎず、映画とは別のものとしてもありうる「作品」が映画としても存在するという事実に驚かされる。
 このプロジェクトは「継承のはじまりの場」を作ることを目的とするものであり、2点目として、そのために作り出されたプログラムについて触れたい。陸前高田を舞台とした企画された15日間のワークショップのプログラム内容は、入念に練られた驚くべきものだ。パンフレットに収録されている「<交代地のうたを編む>ための構造」によると、ワークショップでは、2011年の東日本大震災当時は子供だった若者たちが「旅人」として陸前高田を訪れ、まちの人たちと会って話を聞き、聞いた話を仲間に報告し、カメラの前で語り直し、瀬尾夏美が書いた「二重のまち」のテクストを朗読する、といった8つの段階にわたるプログラムが組まれている。恐らく、ここで「旅人」たちが聞く話はいわゆる震災体験のみに留まらない複雑なものだろう。このプログラムは、震災発生後に陸前高田を訪れ、2012年からは移住して人々と関わり続けるなかで小森はるかと瀬尾夏美が経験したことを「旅人」たちに短い期間で経験させようとして考え出された、ラディカルで優れたものだと思う。
 3点目として、ここが映画において最も見応えというか聴き応えのある部分だと思うが、「旅人」たちの声の幾つもの位相が収められていることに驚かされる。語り直しの場面において、「旅人」たちは、抱え込んでしまったわだかまりを少しずつ解きほぐしていくかのように、あるいは記憶をたどろうとするように、慎重に語る。この語り直しの場面での、黒い背景の前で椅子に座った「旅人」たちを正面から捉えたショットが何度も挿入されているが、「旅人」たちの声と表情と身振りが目と耳を惹きつけて強く印象に残る。「二重のまち」の朗読では、聴き手に対する畏れを感じさせる抑制された声でテクストが読み上げられる。そして、最終盤におけるワークショップ終了後の話し合いになると、「旅人」たちは、自分たちが陸前高田で聞いた話をどのようにして語り継いでいくかについて思い悩み、言葉少なに低い声で話す。4人の「旅人」の幾つもの位相の声が響き、さらには「旅人」たちに話をする陸前高田の人たちの声も響くことによって、映画『二重のまち/交代地のうたを編む』は多声的な作品となっている。なお、僕の記憶によれば、「二重のまち」を「旅人」たちが朗読する映像は映画では殆ど用いられておらず、朗読される「二重のまち」はもっぱら声として響くばかりだ。79分の上映時間をもつ映画『二重のまち/交代地のうたを編む』は、もっと見ていたい、もっと聴いていたい、という気持ちを見る者に何度も起こさせたまま鮮やかに幕を閉じる。
 パンフレットに寄せた文章「<継承のはじまりの場>をつくる」で瀬尾夏美は、「本作を見た人たちはすでに、陸前高田のあの現場から細く続く"継承"の営みに触れてしまっているし、参加してしまってもいる」と書いているが、上記したような『二重のまち/交代地のうたを編む』がもたらす戸惑いと驚きは、「継承」の困難な取り組みへの参加を見る者に促すのだと思う。

2/27よりポレポレ東中野、東京都写真美術館ホールほか全国順次公開中

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