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December 19, 2021

【特集上映】70ー80年代アメリカに触れる!名作映画鑑賞会 in 京都みなみ会館レポート
斗内秀和

[ cinema ]

12月4日
 「70ー80年代アメリカに触れる!名作映画鑑賞会 in 京都みなみ会館」の初日に行って来た。ひさしぶりの京都みなみ会館だ。大学が京都だったので、学生時代は結構な頻度で通っていたがそれも10年前になる。新装されてからはとてもおしゃれになっていて、外国の建物のようだと来る度に思う。映画館に着くとN'夙川BOYSの「プラネットマジック」がかかっていて、それも妙に雰囲気に合っていた。上映の30分前に着いたが、当日券を買って見に来ている人も多いようだった。


_Images-courtesy-of-Park-Circus_MGM-Studios-e1637120781188.jpeg 早速、最初の『愛されちゃって、マフィア』(1988、ジョナサン・デミ)を見る。この映画を見るのは今日が初めてではないが、劇場では初めて見ることになる。今回の特集で上映されたどの作品にも言えるが、映像がデジタルリマスターされた素材を使っているようでとても鮮明な映像だった。映画はマフィアの夫が殺されて未亡人となったミシェル・ファイファーと、FBI捜査官のマシュー・モディーンのラブ・コメディだ。何度見ても楽しい映画で、最初の列車内での暗殺(それに合わせて流れるニューオーダーの曲!)から最後のアウトテイク集まで、ジョナサン・デミの遊び心に溢れた演出が光る。
 今回見直して気付いたのは、ミシェル・ファイファーとマシュー・モディーンを交えたふたつの切り返しだ。椅子を挟んで初めて出会う最初の場面では格子越しに二人の顔が映るものの、その時点で二人の間には隔たりが感じられる。だが、ミシェル・ファイファーが美容室で髪を切ったのちに訪れる切り返しでは、二人の間に格子はなくなっており、すっきりと顔が見える。どこか髪を切ることで格子に囚われた状態から抜け出したかのようで、二人の関係性も微妙に変化しているように思う。最後は美容室で二人の大団円が訪れ、それを見ていた周りの人たちは拍手を浴びせ、美容師はウィンクをして画面を指差す。まるで「次はこの映画を見ているあなたの番だ」と観客に向けて語りかけているかのようだ。そしてミシェル・ファイファーは、髪を切ることで変化を受け入れた。「次はあなたが変わる番だ」と。とても茶目っ気のある終わり方だ。

_©-1970-renewed-1998-Columbia-Pictures-Industries-Inc.-All-Rights-Reserved.-e1637123142796.jpeg 続いて『ウォーターメロンマン』(1970、メルヴィン・ヴァン・ピープルズ)を見る。ある日突然、白人のサラリーマンのジェフ・ガーバーが黒人になってしまうというコメディだ。シンプルな発想で出来ており、個人的には今流行りのシットコムを見ている感覚に近いものがあった。ジェフは黒人になった自分を嘆く。ありとあらゆる手段を使って白い肌を取り戻そうとするが、それもかなわない。そして、人種差別がなんたるかを身をもって知る。痛烈な皮肉である。映画は、ジェフの変心を事細かに捉え、あらゆる感情で己と葛藤する。嘆き、苦しみ、憎み、諦める。肌が黒くなったことで、とことん自分と向き合わざるをえなくなるのだ。その七転八倒をコメディとして描くことでエンタメに昇華しているのがブラックスプロイテーションたるひとつの所以だろう。だが、ジェフにとって切実な問題なのは、最後に黒人の集団と一緒に天へと向かって棒を突く場面にある。彼の怒りの表情がクローズアップされ、静止画となることで映画は終わるのだが、この怒りは誰に向けられているのかといえば、ジェフを笑っていた我々ではないだろうか。自らの生の真剣さや切実さを問われているようだった。

12月12日
 初日に続いてもう最終日である。平日はさすがに京都まで行くことは出来なかったので、まとめて見られる日を選んだらこうなった。今日は11時から上映だったので、早起きして電車に乗った。前と同じように京都駅で食べ物を買って、上映の30分前に着いた。相変わらず京都みなみ会館はおしゃれな外観だ。外にふらっと座れる場所があり、いつもそこに座っている。初日には気付かなかったが黒板のような看板があった。『ストレンジャー・ザン・パラダイス』の写真が貼られていて、「京都みなみ会館」と手書きで書かれていた。初日より明らかに人が多くて、関西の名画座などで見かける知り合いもいた。東京から来ているであろう人もいて、立ち話を聞いていると地方から来ている人もいた。


_Images-courtesy-of-Park-Circus_Universal-e1637120861555.jpeg 最初に『おかしな求婚』(1971、エレイン・メイ)を見る。初エレイン・メイである。無一文になった大富豪のウォルター・マッソーがお金目当てにエレイン・メイと結婚するというラブ・コメディだ。映画が始まってからあっという間に結婚してしまう。それほどエレイン・メイは不器用で、危なっかしくて、簡単に騙されてしまう。眼鏡を外すと綺麗に見えるところなどは本当にベタな展開で、ラブコメにおける典型的でドジなキャラクターである。
 映画の流れが変わる場面が中盤にある。結婚初夜にエレイン・メイがネグリジェを間違えて着るのだが、ウォルター・マッソーはそのネグリジェを彼女にちゃんと着せようとする。この服を巡るぎこちないやり取りによって、抜けているメイとそれをフォローするマッソーという関係性が出来てくる。結婚初夜に男女が触れ合うことで微妙な色気を漂わせつつも、男女の関係性が変わることを表現しているかのようだ。川で溺れたメイをマッソーが抱きしめて温めるラストの場面においては、最後まで直接的なキスなどには至らず、間接的な愛情表現で留めている点にさりげなさと気品を感じる。メイのキャラクターはもっと過剰にも出来ると思うのだが、それを抑えているのも良かった。愛すべき小品という感じの映画だった。

_©-1972-Twentieth-Century-Fox-Film-Corporation.-Renewed-2000-Twentieth-Century-Fox-Film-Corporation.-All-rights-reserved.-e1637120736651.jpg 続けて『まだらキンセンカにあらわれるガンマ線の影響』(1972、ポール・ニューマン)を見る。この映画は初めて見るわけじゃなく、字幕なしで一度見ている。字幕ありとなしではあまりに印象が違い過ぎて驚いた。当時の自分のブログを見るとハートフルな映画だと書いているが全く違っていた。シングルマザーとその娘たちの家族の物語だ。自堕落な母親をジョアン・ウッドワードが演じていて、科学コンテストで優勝する次女をポール・ニューマンとジョアン・ウッドワードの実の娘であるネル・ポッツが演じている。
 この映画で最も心打たれたのが、母親を演じるウッドワードが科学コンテストで優勝した娘のネル・ポッツに向かって「My hurt is full」と何度も叫ぶ場面だ。傍にいた生徒はそんなウッドワードを笑うが、今度はその生徒に向かって「My hurt is full」と叫ぶ。感動的な場面だが、端から見ると完全に常軌を逸している人物に見えてしまう。感情が強過ぎて言葉が追いついていない。狂人の叫びとして誰からも理解されないその姿は、切実で何とも痛々しい。『ソイレント・グリーン』(1973、リチャード・フライシャー)で真実を知ってしまったチャールトン・ヘストンが「ソイレント・グリーンは人肉だ!」と叫ぶシーンを思い出した。
 最後にウッドワードが何でネル・ポッツの飼っている兎を殺したのか、最初に見た時も分からなかったし、今回も分からなかった。最後に「私は世界を憎んでない」という台詞とともにネル・ポッツの顔が画面に浮かんで映画は終わる。ネル・ポッツの青い瞳は純真で、子供に何か託しているように見える。個人的なことだが、実家で両親とともに暮らしている自分にこの映画は深く刺さった。これからもこの映画について考え続けるだろう。

_Images-courtesy-of-Park-Circus_Disney-e1637120948414.jpeg 最後に大トリの『ポパイ』(1980、ロバート・アルトマン)を見る。ポパイというと私は子供の頃にテレビで慣れ親しんだものだが、今の若い人はほとんど知らないのではないだろうか。ロビン・ウィリアムスも今や懐かしい存在だ。映画を見て驚いたのは、鈴木則文の『ドカベン』(1977)のように『ポパイ』という漫画をある意味でそのまんま実写化しているところだ。ロビン・ウィリアムス演じるポパイはしゃがれ声で喋っていて、腕があからさまに太くなっている。アニメのような効果音が使われたり、ミュージカルが挟まれたりと、まるでフィクションの純度が高い。だからといって入り込めないというわけではなく、独特なファンタジーとして世界を俯瞰しているのはとても心地良かった。
 『ポパイ』を特徴付けているのは、人物の取り止めのない動きだ。フレームの四方を行き来する動きは、フレームの限界を示すことによって、フレーム外にも続いている世界への注意を促している。それは人物や空間が決して単純ではなく、寄り道を経て浮かび上がる人物造形や空間の複雑さにこそフィクションの豊かさがあるからだろう。だから『ポパイ』の場合、それは取り止めのないこうした動きによって出鱈目な世界として浮かび上がってくるのだ。

 4日と12日の二日間で計5本の映画を見たが、どの作品も面白かったと素直に言える。やはりそれぞれを見て感じたのは、日本ではまだあまり知られていない名作を集めたラインナップで、もう一度、アメリカ映画の名作を再発見してみようという試みのように思った。特にそのように感じたのは、ポール・ニューマン、エレイン・メイ、メルヴィン・ヴァン・ピープルズ等が選ばれているところだ。この上映があったことで、今後日本でも広まるきっかけになるだろう。
 また個人的に興味深かったのは、俳優でもある映画監督の作品が多かったことだ。クリント・イーストウッドに代表されるように、今も続いている流れである。俳優たちの撮る映画に名作が多いのは個人的に納得の出来ることなのだが、説明するのは難しい。ただ、ポール・ニューマンの『まだらキンセンカにあらわれるガンマ線の影響』等を見ると、今まで役者として映画と向き合ってきたからこそ、繊細な心の機微が表現出来るのではないかと思ってしまったり。そして70年代から80年代にかけてのアメリカ映画とは、そのような新しい流れを数多く生んだ時代だったのではないだろうか。アメリカン・ニューシネマとはまた別の、本流とは外れた創造的な映画が数多く生まれた時代。そういった作品群に改めてスポットを当てたのが今回の特集上映だったように思う。
 『ハズバンズ』の男たちや、『ウォーターメロンマン』の痛烈な風刺、『まだらキンセンカにあらわれるガンマ線の影響』のエキセントリックな母親、『愛されちゃって、マフィア』の人生をやり直すミシェル・ファイファー、『おかしな求婚』のエレイン・メイ......。彼たち/彼女たちを見ることで、私たちは揺さぶられる。それは、孤軍奮闘している者たちに寄せる文句なしの共感でもある。そのような感情こそまさに映画を見る醍醐味のように思う。このような特集上映が続いていくことを切に願っている。

特集上映「70ー80年代アメリカに触れる! 名作映画鑑賞会 in 京都みなみ会館」にて上映

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