10月11日 窓の外のぬかるんだ公園
[ cinema ]
山形到着。2日前に新幹線のチケットを取ろうとしたらつばさの席が全然空いていなくて、東北新幹線で仙台まで出て、仙山線で山形まで来るという謎の経路で来る羽目になった。今日は雨が降っていて肌寒く、駅からホテルまではそこまで遠くないといえど、キャリーケースを引いてGoogleマップを確認しながら、傘をさしつつ十数分くらい歩くのは鬱陶しかった。
山形に着いて最初に観たのは、インターナショナル・コンペティション部門の『公園』。台南公園に集まる、二人のインドネシアからの出稼ぎ労働者。同郷の移民たちについての詩を創作して読み合いっこをして、それをラジオで届けることを思いつく(あくまで架空のラジオのよう)。公園の狭い管理人室で、マイクを挟みながらラジオ屋さんごっこをする二人がキュートだった。彼らはいつも同じような服を着ていて、特にアスリという男性は太めのボーダーのカットソーがよく似合っていたのが記憶に残っている。
台南公園は、生い茂る背の高い木が陽光をほどよく遮って心地良さそう。夜も気持ちがよさそうで、集団での酒盛りが捗っている。でも公園という場所自体については、雨が降ると焦って雨宿りできる場所を探さないといけなくなるし、土がぬかるんで足元が汚れるし、途端に居心地の悪い場所に変わるから、いまいち大好きにはなりきれない、なんというか手厳しい場所だなという印象を持っていた。
『公園』という映画そのものについては、時折挟まれるユーモアにクスリと笑いつつ好意的に観た。それでも雨にやられてきた私は疲れが残っていて、このまま心地よさそうな公園が映り続けるなら今の気分とはちょっと違うかもしれないなと思っていた。
でも終盤、台南公園に雨が降った。それはアスリがこの映画に出演することに疑義を抱いていて、映画の撮影から心が離れ始めていることを話したほんのすぐあとのこと。管理人室に駆け込んでマイクに向かって話をする二人を、バストショットくらいの近さでカメラが捉える。公園の景色が背景に映り込まない近さで二人が並ぶのを、初めて見たて見た気がする。次第に名前もわからない、女性の物語が語り始められ、アスリが管理人室を出る。その頃には外の雨が上がっていて、アスリを追うようにカメラが外へ移動すると、管理人室の前に自分の物語を語る順番を待つようにインドネシア人労働者が並んでいる。公園に降る雨を初めて好きだと思えたシーンだった。
もうひとつ心に残ったのは、「パレスティナーーその土地の記憶」特集の、『ライト・ホライズン』。破壊されたシリア・ゴラン高原の建物を女性が片付ける様子を映した8分ほどの短編だった。ドアもなければ窓もなく、真っ白のカーテンだけが風に吹かれている。女性は柄が短い箒で床を掃き、次に洗剤を撒いて水で流し、部屋の中央に机を置いてテーブルクロスを敷いて、キャンドルを置く。その様子をワンカットで映しただけの映画だったけれど、慎ましくて胸打たれた。掃除をするということは、明日も生きていくための行いなのだと思った。(浅井美咲)
朝から雨の中『亡き両親への手紙』を見に行く。窓の外から中庭と空が見える。室内の食器の音が聴こえる。窓の外、手に届くところにあるものを見つめる。庭の植物や猫、見上げる煉瓦の壁、視線を下ろすとチェス盤を挟んだ対戦相手。例えばそうやって窓の外に見えるものを手探りしたかと思えば、亡くなった父と母との夢の中での対話みたいな話からイグナシオ・アグエロ自身の映画作家としての道程と、海軍出身で工場を運営する資本の側にいた父の死の後の、父が知らないチリの歴史を探っていく。そのなかで父の工場の元労働組合長の老人の話を聴いたり、父の撮ったホームビデオを見たりする。ひとつひとつ窓を開けて外を見、聴くように。窓からは見えないものを確かめながら。
『パラジャーノフ、ゆうべはどんな夢を見た?』はドイツに留学中の監督自身と、母国イランに住む両親とウイーンのいとこそれぞれとのオンライン電話越しのたわいもない会話から構成されている。その距離というよりはむしろ、明瞭度の低い、度々途切れもする通話画面がそれぞれのパーソナルな生活空間を垣間見せる窓として機能することで、その枠内に映ることのない時間や距離が感じられるのかもしれない。母が話す今日あったちょっとした出来事、パンイチのいとこが奏でる音楽、そして父と母の経験してきた歴史。近いから容易いのでも遠いから貴いのでもない。誰かの存在や声がときにユーモラスにときに重くせまるのはどうしてだろう。
『木々が揺れ、心騒ぐ』再開発のため住民たちが退去し始めた貞陵洞(チョンルンドン)地区。監督自身も退去することが決まっているなか、今まさに退去しようとしているひとや、いつ退去を余儀なくされるかわからぬまま留まり続けるひとにカメラを向ける。葉脈のように連なる緩やかな坂の細い路地のあいだに低層の住宅が並んでいる。あそこもここももう出ていった、と路地に面した家の前に腰を下ろすおばあさんが話す。カメラを持つ監督自身も座っているので低い位置にあるカメラの後ろを、通りかかったおじいさんとカメラの前のおばあさんが退去するしないの話をし始める。「粘るしかないさ」と声高に言うおじいさんの背中をカメラが見上げる。これが路地の会話の距離なんだなと思う。坂を登っていくおじいさんの後ろ姿がイーストウッドみたいにデカく、どのイーストウッドよりも重く厳しく見えた。もうすぐ出ていくという若い女性が、自分のいつもの路地を案内してくれる。いつもここを通るときに手を振る先にいる犬、季節になると香りを放つアカシアの木。前はここからいい景色が見えたのに、と雑草が生い茂って見えなくなった景色にしょんぼり。アカシアの木の話をしているとき、おじさんが通りかかる。すでに退去したけど、気になって家を見に来たらしい。愛着があるから見に来ちゃうんだ。かぼちゃがたくさんなってるよ、とおじさん。人がいなくなっても草木は育つ。でも抜かれたらどうなるのか、枯れたらどうなるのか。窓から差しこむ夜の光が部屋の壁に揺れる木の影を映す。少し泣いて、それを映す監督の言葉を忘れてしまった。(安東来)
最高気温15度という予報に震えながら劇場へ向かった。
ベトナムの山間部で生活する少数民族、ルック族の女性を捉えた『髪と紙と水と』からを鑑賞。ベトナムの主要都市では近代化が進む一方で、少数民族たちの居場所は奪われ、その数は減少しつつある。失われていく文化や歴史を前にして、女性が孫にルック語で言葉を伝え、孫が復唱する様子が愛おしい。ひとつひとつの単語がルック族として生きてきた彼女の記憶だけではなく、その前の世代から受け継がれてきた記憶とも繋がっていることが伝わってくる。記憶を次の世代へ繋げていくことが、自分たちの存在を証明することであり希望を紡いでいく営みだと感じた。
山形市中央公民館に移動して『公園』を観た。台南公園で出会ったインドネシア人の二人が公園のスピーカーを使い、移民労働者として台湾で生きてきた人々の経験を読み上げていく。他者の経験を代弁するのは難しい。ただ、ラジオという形式や詩を通して語ることで、誠実でありながら重くなりすぎていないのが印象的だった。また、出演者が作品への疑問を語る自由さと、その空間にただ一緒にいて見守っている監督のスタンスからは、この社会の中で、公園が誰にとっても開かれた共存の場所であることを私たちに伝えているようにも思えた。
少し休憩を挟んで『撃たれた自由の声を撮れ』を鑑賞するためにフォーラム山形へ向かうと満席で立ち見になってしまった。タリバン政権下で路上に繰り出し権利を訴える女性たちの姿をスマホのカメラで追った本作は緊迫感に満ちていた。女性たちが常に死と隣り合わせでデモを繰り返しているのに対し、彼女たちの前で興味がなさそうにスマホを触り、「これ以上騒ぐな」と忠告する男性たちを見ていると、家父長制の中で彼女たちが孤立した存在であることが伝わってくる。「世界は私たちを面白がっているだけ」と怒るラシュミンの言葉がずっと脳裏に焼き付いている。
立ち見だったこともあり、疲れてしまったので飲み屋へ。結城さんと合流し、香味庵へ向かうことに。安東さん、浅井さん、作花さんと会えて嬉しい夜となった。(金在源)