『白の花実』坂本悠花里監督インタビュー 「咲いてもなお、続く世界」
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ひとりの少女の自死を取り上げる本作は、学校や調査委員会が動いても、鬼火のような超現象が起こってもなお、毅然として死者に語らせることはない。一見閉塞したキリスト教系寄宿学校はフィクションさを帯びつつも、悠々とした湖のほとりとも唐揚げの並ぶ家族の食卓とも地続きである。そんな謎めいた学校を舞台に、死んでしまった人のこと、あるいは「死」そのものについて、わかろうとするのではなくわからないものとして向き合う少女たちに坂本監督は何を託したのだろうか。
ーー莉花という少女の死の真相を究明しようと、莉花ではない生きている人にアプローチをかける大人たち。それとは反対に、もう実存のない「莉花」と向き合いなおす杏菜、あるいは栞がいました。「死」というテーマとどのような距離を取ることを意識したかお聞かせください。
坂本悠花里 莉花の死に対して、解明していくというアプローチもできたと思います。しかし、死者はもう何も語ることができないし、私たちの考えをわかることもできない。その中で、「死」を解明していくのではなく、「死」に対して生きている人がどのようにそれを受け入れ、前進していくのかという点にフォーカスしたいと思いました。莉花さんほどではありませんが、私もティーンの時に少し死について考えてしまうタイミングがあって。私は偶然に莉花さんのような道を選ばなかったのですが、もし私がそのような選択をしていたら、あるいは近しい人がそのようになっていたら、この世界がどう見えたんだろう、他の人たちはどう受け止めたんだろうという考えが起点となって物語が立ち上がってきました。
ーーご自身の心と身体の経験が出発点にあったのですね。「死」とそれを取り巻くアイディアから生まれた物語とのことですが、エンドロールで莉花の日記が燃やされるインサートがあったり、バッハのプレリュードを彷彿させるような音楽が流れました。終わりから始まるということ、もしくは、仏教でいう輪廻を意識された部分はあるのでしょうか。
坂本 仏教の倫理的な何かはあるなと、鬼火を思いついた時に感じました。死んでしまって終わりではなくて、その先に続く何かがあるというアイディアは脚本を書く中で影響を受けています。ただ、ラストの終わり方は編集の段階であのような形になって、音楽もポスト・プロダクションの最後の段階で付けてもらったんです。なので、意識したわけではなく、つくっていく中で生まれた感覚があのような終わり方に導いたというような感じです。
ーー舞台がキリスト教系の寄宿学校だったり、杏菜が学校を見学するシーンで「最後の晩餐」をじっとを見つめていたりと、キリスト教の世界観も見受けられました。仏教とキリスト教というふたつの宗教を内在させた意図を教えてください。
坂本 私がキリスト教の学校出身だったというのもあるのですが、日本ってキリスト教や仏教だけではなく様々な宗教のアイディアが成立しているイメージがありますよね。チャレンジングなことかもしれませんが、そのふたつの要素をミックスさせたら今までの映画と違う手触りが生まれてくるのではないかという想いがありました。
ーー衣装に関しては、従来の日本の制服と異なる要素を感じました。また、莉花の魂が杏菜に乗り移った直後から、杏菜の制服のシャツの襟がひらひらとした白い花のように見えたことも印象的です。作品内で衣装はどのような立ち回りをしているのでしょうか。
坂本 やはり杏菜の変化を見せたかったので、当初は杏菜が莉花のように制服を着こなすよう変化するという発想がありました。ただ、それを衣装として見せていくのは難しくて。そこで、最初は普通のシャツを着ていた杏菜が、時間が進むにつれて花のような自分の個性を出せるようになるという案にシフトしました。衣装の存在でいうと、リアルな女子中高生の制服だと生々しさが出てしまったり、女子中高生というアイコンになってしまうのは避けたかった。そこで、ヨーロッパの映画とかで見るような、生徒それぞれの制服が少しずつ異なるスタイルにしました。衣装を少し現実とは違うものにする、リアルさよりもフィクションっぽさを重視することでもまた、新しい手触りの日本映画にすることを試みました。
ーー中盤、杏菜と栞が湖のそばを歩く横移動のロングテイクがあったかと思います。紅葉と同じような色をした足元のイエローのタイツが力強く視覚に訴えかけてきて、同時に彼女たちが大地と繋がっていること、あるいはカメラとともにどこか新しい場所へ向かっていることを感じさせられました。
坂本 そもそも予算の問題で、カメラはフィックスで勝負することになりました。ただ、そのシーンだけはドリーを使った長回しで撮りたくて。実際はステディカムで撮ったのですが、物語の特別なシーンだったし、あの森のあの部分を横移動で撮ったら必ず良いシーンになるということで話が決まりました。
ーーさらに衣装に関連して、ダンスの練習で生徒たちが着ている白いチュチュ、特別講師が着ている黒いチュチュ、あるいは栞が晩餐会の時に弾いた音楽や莉花の部屋の小さなポスターと、様々なところで「白鳥の湖」のモチーフが見受けられました。
坂本 「バレエとは完璧なもの」という感覚が個人的にはありました。ダンスの要素も「白鳥の湖」のモチーフも全面に押し出したかったわけではないのですが、バレエのような完璧な世界から壊れ落ちてしまう女の子というイメージが莉花さんのキャラクターを立ち上げる時にあったんです。それで、美術の方が色々と散りばめてくれました。音楽に関しては、あの場の完璧さの象徴として「白鳥の湖」を選択しました。
ーー古典バレエの「白鳥の湖」は、基本的に白鳥役と黒鳥役の人が1人2役を演じます。そういった二面性の部分に関しても意識されていたのでしょうか。
坂本 そういう部分もあったと思います。『ブラック・スワン』(2011、ダーレン・アロノフスキー)ではないですけど、「表と裏」みたいな。莉花が白鳥だとしたら杏菜がブラックスワンだろうな、そんなことを思っていたと今思い出しました。
ーー同時に、古典バレエのエッセンスに対して、作品内で見られる踊りは非常にモダンあるいはコンテンポラリーのスタイルでした。ダンスについてはどのようなディレクションをされましたか。
坂本 美しいモダンの踊りが学校の規律というイメージを具体化できるのではないかと考え、序盤のシーンで莉花が踊るダンスは、すごく美しく完璧なものにしようと思っていました。それが杏菜に引き継がれることによって、もっと自由な踊りへと変化していく。言い換えると自死してしまったのだけど、魂はより自由になっていくみたいな。それで、モダンからコンテンポラリー的な踊りへ徐々に変化していくグラデーションをつくりたいとダンスの先生には伝えました。解放されていく様子を描きたかったんです。
ーー莉花の魂が杏菜に乗り移ったことで起こった変化でいうと、杏菜の呼吸が人一倍聞こえるようになった気がしました。
坂本 呼吸を徐々に立体的に見えるようにしていきたかったので、編集の段階でふたり分ではないですが、杏菜と莉花という存在がくっきり見えていくようつくり込んでいきました。ダンスに関しても、呼吸が立体的に立ち上がってくるものにしたいと早い段階で伝えていました。
ーーダンスとは動きがあるものなので、否応にしてカメラが動くことも多々あります。ダンスシーンの撮影プランはどのように決められたのでしょうか。
坂本 カメラの扱いとして、エモーショナルに撮りたくないということはカメラマンの渡邉寿岳さんに伝えていました。なので、ダンスのシーンもそこにエモーションを載せていくような撮り方はしたくない、距離を保ちたい、じゃあフィックスでどう撮れるのかということをよく話し合いました。
ーー「死」だけではなく、全体として物事と距離を取ってそれを冷静に見つめたいという想いがあったということですね。対象と一定の距離を保つことによって独自の世界を創造していった本作は、タイトルもまた新たに創造されたものです。「花実」という造語が生まれた経緯をお聞かせください。
坂本 最初は『白い花』とか『白の花』というタイトルで、ティーンの子たちの純粋な雰囲気を花に例えるわけではありませんが、メタファーとして考えていました。話し合いの中で「花実」という言葉が浮かんできたことにより、実(=Fruit)の要素も入ってきて、結果的に彼女たちが未来に、花だけで終わらないで実になっていくことに責任を持てるようなタイトルになりました。やはり女の子たちだけの世界だと儚さばかりが強調されてしまうのですが、そうではなくて、彼女たちには未来がある。そして、これからも成長していくということこそ重要な部分だと思ってこの映画をつくりました。
2025年12月5日、オンライン
取材・構成:KANO MATILDA
監督・脚本・編集:坂本悠花里
出演:美絽、池端杏慈、蒼戸虹子/ 門脇麦 ほか
英題:White Flowers and Fruits
©2025 BITTERS END/CHIAROSCURO
公式HP https://www.bitters.co.jp/kajitsu/
公式X @shirono_kajitsu
12月26日(金)より、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
坂本悠花里(さかもと・ゆかり)
1990年生まれ、埼玉県出身。上智大学で哲学を専攻後、東京藝術大学大学院映画専攻にて編集を学ぶ。2019年公開の『21世紀の女の子』にて「reborn」を監督。その後、2019年に制作した自主映画『レイのために』が第15回大阪アジアン映画祭インディ・フォーラム部門などに入選。2022年にコロナ禍で制作した短編映像『木が呼んでいる』が藝大アートフェス2022でアート・ルネッサンス賞を受賞。本作が長編映画デビュー作となる。また本企画は、 ndjc2022「長編映画の企画・脚本開発サポート」にて開発したのち、香港国際映画祭併設の企画マーケット「The Hong Kong - Asia Film Financing Forum(HAF)」にて"ウディネ フォーカスアジア賞/Udine Focus Asia Award "、"HAF Goes to Cannes Award"を受賞し、ウディネ・ファーイースト映画祭やカンヌ国際映画祭に招待されるなど、作品の完成前から海外でも注目を集めている。