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January 11, 2026

『水の中で』シン・ソクホインタビュー 「思いもよらないことを信じ、委ねる」

[ cinema , interview ]

同じ俳優の起用、似通うシチュエーションでの差異と反復を好むホン・サンス監督の作品群において、しかしそれでもある種の作家性の分岐点と言える瞬間がある。『正しい日間違えた日』でのキム・ミニとの出逢いと、同じく彼女を主演に迎えた『夜の浜辺で一人』で揺らぐ女性の再出発を描いたこと。『あなたの顔の前で』『小説家の映画』などでイ・ヘヨンを熟達した創作家に据え、ホン・サンス映画に長らくつきものであったそもそもあった男性作家的眼差しを彼女たちの眼差しを借りて脱却したこと。そして、シン・ソクホの『イントロダクション』を忘れてはならない。映画を撮ることができないなど創作者である男性たちが、その男性性ゆえの弱み(ゆえに女性から引も切らない)を描くのではなく、より生きていくことの根源的な惑いを抱擁によって開示していく青年を主人公にしていた。長編29作目である『水の中で』においてシン・ソクホが演じる映画監督ソンモは、ともに撮影に臨む二人との間に、言いしれぬ距離や感情を観客に提示するような瞬間がある。それを掻き立てるのは、本作における大きな視覚的特徴たるソフトフォーカスだ。異例とも言えるこの効果で、俳優の表情も仕草もぼやけて見える。しかし、シン・ソクホは撮影中に少しの疑問もなかったと答える。「監督を信じている」からというのは当然かもしれないが、撮る者と撮られる者としての非対称性からなる物言えぬ関係でも、無条件の信頼でもない。「映画とは、俳優とはこうあれ」を手放す自由、正しい答えを明確に提示することで二分化する世界を鵜呑みしない強靭さとでも言えようか。今回のインタビューで、その至福の関係の一端をのぞかせてもらうことができた。


メイン©2023 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.jpg
ーー『水の中で』への参加はどのようにして決まったのでしょうか。

シン・ソクホ 私が出演するときはだいたいそうなのですが、まずホン・サンス監督の方からオファーをくださり、参加をするという流れなんです。今回も同様で、まず「この日からこの日まで一緒に撮影できるか」というふうに聞いてくださり、ちょうど他のスケジュールがなかったので、参加することになりました。 

ーーシン・ソクホさんは以前からホン・サンス監督の作品に同様のプロセスで参加されておられますが、よくホン・サンス監督について撮影にあたって脚本が用意されていないと言われていますよね。

シン・ソクホ 当日に書き上げたシナリオを俳優たちに配り撮影しました。監督がロケ地である済州島に到着し、現場でロケ地を回りながら、俳優にその場に立ってもらったり、その姿を見たりしながらまたシナリオを書く方法で撮影して、撮ったらまたスケジュールを組み撮影するというスタイルでした。 

ーーソンモ、サングク、ナミの3人で繰り広げられる劇中の会話からは、3人の関係性の気まずさがにじみ出ています。こうした会話自体も脚本である程度決まっていたものなんでしょうか。それとも今おっしゃったように撮影のその日その都度で皆さんで自由に会話をされたんでしょうか。 

シン・ソクホ セリフもテーマも内容にしても、全面的にシナリオ通りです。韓国以外の海外でご覧になる観客の方々にとっては字幕でどう表現されているのかはわからないんですが、頂いた台本を読んでいると、何か一冊の小説を読んでいるような気持ちになるんですね。監督が書くセリフというのは、一見日常的に見えるのですが言い方が少しおかしかったり、やはり実際には日常とは表現している方法とは少し異なる言葉がよく使われています。平凡な日常会話との差に日常との乖離も感じられるような気がするからこそ、観客の皆さんは面白く思われるのでしょう。

ーー本作に出演されているハ・ソングクさん、キム・スンユンさんとは(ホン・サンス監督が教鞭を執る)建国大芸術学部の同級生あるいは後輩だそうですね。そうした普段の親しさや、役を離れ3人で実際にする会話などが作品に反映されたことはありましたか。

シン・ソクホ もしかしたら映画を見るときの余計な情報かもしれませんが、3人で食事をしながら「しっかりしろ!」という言葉を聞いたって話すくだりは実際のエピソードです。私とソングクさんが同じ部屋を使っていたんですが、夜寝ながら私が夢の中で誰かに「しっかりしろ!」って言ってたそうなんですね。というのも、すでに明け方近かったんですが、すでにホン・サンス監督がリビングでシナリオを書いていらっしゃっていて、聞いていたんです(笑)。それを映画の中に入れたそうです。 

ーーすごく面白いですね。会話劇と同じくこの作品の特徴が、ソフトフォーカスで撮影されている点です。それも、冒頭からややぼやけているシーンが続いたかと思えば、池の中をのぞいているようなシーンでは、少しピントが戻り、そしてまたぼやけたりというふうになっているように見えます。俳優の方々には、脚本の段階からこうした撮影技法が共有されていましたか。

シン・ソクホ 全く事前情報をくださらなかったので、画面がぼやけているというのは最初のシーンを撮影した後に知りました。モニターで確認をしていた際、「あれ、フォーカスが合ってない気がする。私の目が変なのかな?」と思いつつそのまま2テイク目も撮影したんですが、同じだったので監督に「フォーカスが合っていないようなんですけど、大丈夫ですか?」 って聞くと「いや、今回はこうやって撮りたいんだ」と仰ったので、監督は今回こういう撮り方をされるとその時に知りました。 

ーー俳優として、こうしたフォーカスのぼやけた作品で演技をすることについて率直にいかがですか。俳優としては表情や仕草がほとんど観客に見えないので、観客へ表現できること、伝えられることが減るのではないでしょうか。

シン・ソクホ 確かに画面と俳優の表情があまりよく見えないですが、その場合、観客は想像力でシーンを作ると思うので、画面がぼやけていても不安はありませんでした。 私自身も演じる時に頭の中でイメージを思い浮かべながら演技に置き換えていまして、小説を読むように演じていた気がします。他の方からも「まるで絵画を見ているようだ」とよく言われて、私もそう思いますね。演技をする時に「見えていないから表情で伝えられない」というふうに思うのではなく、見えなくても登場人物のセリフや声色、聞こえはしないけども雰囲気が伝える音などが感じられるのではないでしょうか。

ーー他の撮影手法についても、3人の俳優が会話をしている様子を背中からカメラで捉えているシーンが多いですね。どこかソンモが寂しげに見えたりと、背中に何かこう語っているものを観客が想像できるようにもなっていました。

シン・ソクホ 私たち自身も、演技をしているときにカメラの構図やどの角度で撮っているのか知りませんでした。今ここでは正面が見えている、または見えていないということを考えず、まるでカメラがない普段の日常と同じような気持ちで演技をしていました。またこれは監督が意識をされていたのかどうか分からないんですが、ぼやけた状態で後ろ姿だけが見えている私たちが会話をしているシーンが多いですが、おそらくホン・サンス監督は映画における視覚的なものを排除しようと努力したのではないでしょうか。実験的な作品としてこの作品を捉えていらっしゃるのではないかと思います。 

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ーー本作の大枠はソンモが監督として映画を撮る、つまり映画内映画の話でありますが、他にも3人が実際に交わす会話やそこで起こる印象的な出来事がある中でも、海岸でゴミ拾いをする女性との些細な出逢いと短い会話がソンモの映画のいち場面になりそこからストーリーが発展していくという、エピソードの選択が面白かったです。

シン・ソクホ 先ほど私が夢を見たというお話をしたんですけれども、実はあのゴミを拾っている女性に関しても、少し実話に基づいてるんです。 というのも、ホン・サンス監督が実際にあのあたりでロケハンをしている時に、似たような光景を目撃されたそうなんです。それで、あのシーンを映画の中に取り入れることになりました。私たち演じる側としては、監督が実際に見たものを映画の中に取り入れて、演技をするわけですよね。実際に見たものを土台にして、映画の中でその話が出てきて、それをまた映画の中で映画として撮るという三重構造になっている。その点がとても面白いなと思いました。

ーー実際に経験した行為を映画として繰り返す、演じ直すことは、いわゆる自分自身の行動の反復です。反復という要素はホン・サンス監督の作品でたびたび登場しますね。 

シン・ソクホ あともう一つ面白いと思ったのが、私たちはカメラを向けられて、カメラの中で演技をしていますよね。監督はカメラの外にいて、私たちを撮っていました。撮られている私たちは、監督が持っているカメラとは違う別のカメラを持って、映画の中で違う映画を撮っているという構造だったので、例えるなら、エレベーターの中にいて、向かい合わせに鏡があって、その像を見ているような錯覚にとらわれました。 繰り返しの繰り返しというような感じで撮っていたような気がするので、その点も面白かったです。

ーー今回の作品に限らず、シン・ソクホさんのホン・サンス作品の中での全体的な立ち位置についてお伺いしたいです。例えば近年のキム・ミニさんやイ・ヘヨンさん演じるホン・サンス監督に出てくる女性の主人公は年齢層もそれぞれが身を置く環境も多様です。一方で、男性の主要キャラクターは、クォン・へヒョさんが演じられるキャラクターのように落ち着いた年齢と環境にいるキャラクターが今まで多かったのではないでしょうか。その中で『イントロダクション』でシン・ソクホさんが主役に抜擢された時に、主人公として撮る男性キャラクターへの視点が監督のなかでが何か変わったのかなと思ったんですね。いわばシン・ソクホさん自身が演じるキャラクターは、ホン・サンス映画の中でのターニングポイントになっているとも感じました。ご自身としては、ホン・サンス監督から作品の立ち位置としてどんな俳優に見られていると考えていらっしゃいますか。

シン・ソクホ 一番難しい質問ですね(笑)。『イントロダクション』での主役がターニングポイントになったかまではちょっと考えが及んでいなかったんですけれども、実は撮影をしている途中で自分が主人公だと知ったんです。撮影の序盤あたりで「(シン・ソクホさんが演じた)ヨンホがメインになりそうだ」と言われまして、無意識のうちにプレッシャーも感じたんです。 でもだからといって何か作り込もうとはせずに、自分らしくやろうというふうに思いました。 自分なりに演じてみようという思いで出来上がったのが『イントロダクション』でした。
あと、監督が僕のことをどう思っているかについてなんですが、監督はよく僕のことを「優しいやつだ、いいやつだ」 、そして「自分のカラーを失わないでほしい」とも言ってくださったんですね。 私もその言葉通りに努力しているつもりです。私自身がホン・サンス監督の作品の中でどういう立場にあるかということについては全く考えたことがないんですけれども、自分は高いところにいるとか、低いところにいるということではなくて、常に監督の後ろに立っているような気がしています。

ーー『水の中で』において、ソンモは若い映画監督、あるいは映画を撮ろうとしていて、やはりどこかホン・サンス監督が自分の若い時の姿を投影しているようにも見えます。

シン・ソクホ 私はそこまでは思っていなかったんですけれども、今回撮影をしながら、監督の行動を真似してみたところもありました。 例えば路地を歩いている時に、小さい花を見つけてカメラの構図を確認するところとか。そういうところでは無意識のうちに監督の行動をよく真似してました。 

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ーーピンボケの画を取り入れて、視覚情報を削ぎ落とすことで強調されるのが聴覚、耳から聞こえてくる情報になると思います。それで効いてくるのがキム・ミニさんが演じるヨンヒの歌なのかなと思いました。歌のメロディーが劇版でも度々使われているかと思うんですが、シン・ソクホさんはあの歌を撮影のどの段階で聴いたのか、またあの歌をどう解釈して演じられたのでしょうか。 

シン・ソクホ あの歌に関しては、私たちも事前情報が全くなかったんです。私が記憶していることが正確かどうかも、ちょっと定かではないんですけれども、確かエンディングのシーンを撮りながら、現場で監督があの曲をかけてくださっていました。ただ現場で聴いたものですから、サウンドの状態があまり良くなかったんです。なので、歌詞に集中して聴くというよりは、メロディーを聴きながら、メロディーから影響を受けて演じていたと思います。全体的に重い感じの音楽でしたので、私も影響を受けて、海に向かって歩いていく私の足取りも重くなったと思います。ただ、あのシーンを撮った時には、監督はこれはエンディングですよとはおっしゃっていませんでした。けれども、あの歌を聴いた時にこれがエンディングになるんじゃないかなと思いました。 

ーーエンディングでソンモが海に入っていきますが、今回ホン・サンス監督が事前情報を俳優に伝えないで撮影したというお話からすると、ソンモというキャラクターがどういう人物なのかや、バックグラウンドみたいなものは、やはり説明されなかったのかなと思いました。なのでなぜ海に入っていくかは想像するしかないのですが、シン・ソクホさんは、演じながらソンモの物語やどういう人物かをどう解釈されていったのでしょう。

シン・シクホ 以前の作品から感じていたことですが、ホン・サンス監督の作品におけるキャラクターというのは、自分がこんな風に作りたいと思って作れるものではないんですね。撮影の前に「こういう準備をして臨もう」とかは思わずに臨みました。こちらが事前にキャラクターを作ったりするのは、監督の現場には合わないと思いました。なので、正直に言うと「ソンモはどんな人物なんだろう」「こういう人物だからこんな行動をしよう」とは全く思いませんでした。そして、演じ終わって撮影がすべて終わって作品を見た時に、初めて観客の皆さんと同じように、「ああ、ソンモはこういう人だったんだな」ということがわかりましたね。それが監督の作品の魅力であり、監督の作品の撮影の楽しみなのではないでしょうか。


取材・構成 荒井南 浅井美咲
取材日 2025年12月2日

『水の中で』ポスター.jpg2023年/韓国/韓国語/カラー/ビスタ/61分
脚本・監督・製作・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:シン・ソクホ、ハ・ソングク、キム・スンユン
原題:물안에서
英題:In Water
©2023 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.

公式HP https://www.bitters.co.jp/kajitsu/
公式X @shirono_kajitsu
2026年1月10日(土)より、ユーロスペースほかにて上映中、全国順次公開
公式サイト:https://mimosafilms.com/gekkan-hongsangsoo/ 


シン・ソクホ(신석호)
1989年生まれ。建国大学校映画学科で学び、演劇および映画で活躍。ホン・サンス監督の作品は『草の葉』で初めてかかわって以降、『川べりのホテル』『逃げた女』『イントロダクション』『あなたの顔の前に』、そして本作と多数出演している。