「会って、話し、驚く」──映画の勉強会について
濱口竜介・三宅唱・三浦哲哉
『演出をさがして 映画の勉強会』刊行記念鼎談
2025年12月26日 紀伊國屋書店 紀伊國屋ホール
[ book , talk ]
12月下旬、フィルムアート社出版の『演出をさがして 映画の勉強会』の刊行イベントが新宿の紀伊國屋ホールにて催された。本書は映画監督の濱口竜介と三宅唱、そして映画研究者であり批評家の三浦哲哉の3人が、巨匠と言われる作家たちの作品の演出に焦点をあて、集い、話し明かした「勉強会」の記録だ。いまや世界でも注目される映画監督2人が参加する「勉強会」なるものが、現在まで7年ほども続けられてきたことにまず驚く。イベントではその方法論と内容がどのように語られるのか、期待に胸が高まっていた。ところが始まってみると、イベントタイトルの「会って、話し、驚く」を表すかのように、見たものについて軽やかに言葉を投げ交わす3人と空間をともにしているような、ただただ楽しいあっという間の1時間半だった。
満席の会場から拍手で迎えられた三浦哲哉と三宅唱が壇上中央に置かれたテーブルをはさんで座ると、彼らの頭上のスクリーンにインフルエンザで急遽オンライン参加となった濱口竜介のzoom画面が映し出される。画面に映る濱口を『悪は存在しない』の悪徳コンサルみたい、と三浦がいじって会場を温めると、濱口は「風邪をひいたら休める社会」と今年公開予定の『急に具合が悪くなる』を思わせる文句で返す。三宅がこのイベントで「勉強会」の雰囲気と、イベントタイトルにもある「驚く」感覚を会場とともに共有したいと切り出し、まずはせっかくなので本で取り上げられている作品を見ようということになった。
本書で主に取り上げられているのは、ロベール・ブレッソン、ビクトル・エリセ、トニー・スコット、そして侯孝賢のそれぞれいくつかの作品に加え、濱口監督作『ドライブ・マイ・カー』と三宅監督作『ケイコ 目を澄まして』。7年ほどのあいだ不定期に開かれた勉強会で取り上げられた作家、作品はその都度、話の流れに沿って決められ、本書に収録されたのはその一部に過ぎないという。
その中で、まず見たのはトニー・スコットの『エネミー・オブ・アメリカ』冒頭。暗くなった会場で、先ほどまで濱口が映し出されていたスクリーンを舞台上のふたりとともに見つめる。三浦は舞台上手側で立ち、三宅は下手側で腰を下ろし足を投げ出している。スクリーン上は、朝日の映える川岸の公園での暗殺のシーン。この冒頭のシーンについて、本書でも濱口、三宅ともに上手いと感心しているが、このシーンだけでなくトニー・スコット映画全般に渡る演出において、2人が特に注目していて面白いのは、マルチカメラ(あるいは三宅が言う「あらゆるショットもごちゃ混ぜにして等質にしちゃう」)の問題と犬問題だ。一種のスタイルとして語られてきもしたトニー・スコットの映像を、現役の監督2人が一つひとつの画面への感心と驚きを起点に経験に裏打ちされた想像力によって掬いだしていく。役者やエキストラを含めた被写体の瞬間を捉えようとする手つきとして、またそれをいかにして捉えるかという現場労働の過剰さと正確さのせめぎ合いとして。会場が明転して、まずシーンに登場する犬が話題に上がる。犬に限らず、シーンに動物を絡める「カロリーの高い」演出をすることで、取り返しのつかなさや一回性といったものが画面に生まれるのではないか、という。こうした現場感覚からくる指摘が、フィクションであるとかドキュメンタリーであるとかに関係なく、映像というものが労働の記録であり、その強度それ自体が「ショット」の強さなんだということを再発見させてくれる。続けて、3人の暗殺者が背後から下院議員に近づき注射を打つシーンに関連して、現場で役者がシーンや演技に違和感を訴えたら、監督としてどう対処するかという話に。濱口は役者のやりづらさはキャラのやりづらさとは違うということを念頭に話をすると答え、三宅ははじめにリアリティの基準(「フィクション度」)を共有することも大事だと語った。
次に上映されたのは、今ではなかなか見ることが難しい侯孝賢の『悲情城市』冒頭。敗戦を伝える玉音放送 、お産で力む女の声、そして出産を待つ男。「一つのシーンに3つの空間がある(三宅)」という状態のなか、少しずつ高まる劇伴のピークとともにタイトルが出て、遠景のショットに開かれる。明転後、もっと見たいなあとひとつ呟いた三宅は、勉強会で感心したという三浦による「侯孝賢の手口」について説明する。それは、ある状態Aに観客の意識が向けられると、その意識の裏で状態Bが進行していて、今度状態Bに意識を向けると、裏でまた別の状態が同時に進行しているというもの。このシーンでは、まずカメラは男に向けられ、ローソクに火を灯していたかと思うと、お産のショットが挟まれ、また男に戻ると今頃になって電灯がついて、また気が付くと子が生まれる声が聴こえてき、その背後では玉音放送が敗戦を伝えている。「意識の死角を監視カメラが撮っているよう(三宅)」な映像と音によって、同時にある何層もの状態のなかで、フレームの内と外、意識の内と外に行き来させられ、「渦に巻き込まれたような(三浦)」感覚になる。三宅が(声だけでも示せているのに)出産の部屋の中を撮るのはどうしてかという問いを出すと、濱口は「産婆の演技のレベルが高いことを踏まえ、見せるところと見せないところの的確さに演出の妙があるのでは」と答えた。
最後に鑑賞したのは、ビクトル・エリセの『マルメロの陽光』冒頭。画家アントニオ・ロペス=ガルシアが自宅の庭のマルメロの木の実を描く数ヶ月間の創作プロセスを追ったドキュメンタリー作品である。画布のフレームを作り、庭に足場を据え、フレームを決定するための糸を張り、パレットの上で絵の具を混ぜる。いずれも「あるワンアクションを捉えるのに一番いいポジションから一個一個撮っていく(濱口)」ように撮影されていて、適切なショットの連鎖に感嘆する。それぞれのカットが短く、まるで「スパイ映画で、スパイが銃を組み立てていく一個の部品を入れるたびにカットを変えていくのとほとんど一緒というカットの短さ(三宅)」で、アクション映画さながらである。また本書の中でも、同録の音だけでなく効果音を後から付け足しており、全体の音は構築されているのではないかと話題に上っていたが、紀伊國屋ホールの環境で聞くとよりドラマティックに響き、まるで「感覚の超人を撮っている(三浦)」ようであった。また、三宅は自身にとって「ビクトル・エリセの発見は常に被写体の発見」であったと語る。それは『ミツバチのささやき』におけるアナ・トレントの発見とも通ずるものがあるが、アナもロペスも「見る人」という点で共通する。三浦は「いずれも普通の人が見過ごすような微細な変化さえも見ようとするような、「見る人を見せる」という形になっていて、観客の集中を誘う作りになっている」と語った。
イベントの最後には会場から募った質問に3人が答える時間が設けられた。まずは、フィルムアート社の田中氏から「3人での勉強会以前に、勉強会に準ずるような原体験、また勉強したことによって自身の創作に変化をもたらしたような経験はあったか?」という質問が。三浦は、大学院時代に千葉雅也らと行なっていた読書会が原体験としてあると答えた。「ずっと続けてたら人生楽しいだろうな」と思うほど充実した時間で、今回の勉強会を始める際にも記憶の片隅にあったのだという。濱口は、『ハッピーアワー』の脚本チームでの議論が一番近い体験だと答えた。 当時は野原位と高橋知由と共に暮らしており、一緒に映画を観て議論をしていたのだという。三宅は、大学卒業が近づき学びの時間がなくなるだろうと思い、他の大学の学生たちと『月刊シナリオ』を買って、それをもとに自分たちで撮影してみるような勉強会をしていたのだという。卒業し、働きながら勉強を続けるにはどうすれば良いか考えていたところ、3人での勉強会に誘われ、その場で思いついたことを口にしても許されるような場が得られてよかった、と語った。
続いて「映画制作に関わっていない人間が、3人のような視点で映画を観るにはどうすれば良いか」という質問が。三浦は「完成したものとして観ない」「別の可能性もありえたような生成状態の何かとして観る」ことが重要なのではないかと語った。また、濱口は「何かを発見し、シェアしようという見方をすると、視覚的な細部の方が浮き立ってしまって物語を語ることの緊張感みたいなものがおざなりになった形で観てしまったりする。基本的にはそこまであらゆることが見えるものではないという前提を飲み込んで、何度も観るしかない」のではと答えた。ここで三宅が普段どれくらい映画を観ているのかと問いかけると、濱口は普段は朝5時ごろから起きており、観られる時は朝に映画を観ることが多いと答えた。配信が始まってからは観終えることができず途中になっている作品も増えてきたのだという。三宅は今は持続的な二時間を確保するのが難しいため、細切れで観ることを受け入れないといけなくなったと語り、映画を観る上で映画館という場所がいかに優れた場所であるかということを実感するのだという。
最後には「今後の勉強会で取り上げたい映画監督は?」という質問が挙がった。『演出をさがして 映画の勉強会』に収録した内容以降、ニコラス・レイ、ダグラス・サーク、ラオール・ウォルシュ、ドン・シーゲル、成瀬巳喜男についての勉強会がすでに行われたのだという。今後取り上げたい監督として挙がっているのは溝口健二。さらに各々の創作活動に間接的に繋がるような監督を今挙げるとしたら、三宅は黒澤明、濱口はリチャード・フライシャーを観たいと答えた。さらに三宅は「もう一回ブレッソン回をやりたい」とも話し、本にして公にすることを考えすぎず、今観たいものを観る。3人での勉強会を延々と続けていけると嬉しいと語った。
1月16日(金)には、テアトル新宿にて『演出をさがして 映画の勉強会』刊行記念オールナイト上映が開催される。ラインナップは、『ミレニアム・マンボ 4Kレストア版』『サブウェイ123 激突』『瞳をとじて』。貴重な機会にぜひ足を運んでほしい。
文・構成:浅井美咲、安東来