『自然は君に何を語るのか』ハ・ソングクインタビュー 「現実が映画に語りかけるもの」
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ホン・サンスの『小説家の映画』で少なからぬ観客を驚かせたのは、終盤部に差し挟まれる、楚々とした草花とともに公園道に落ちている枯れ葉で作った小さな花束を胸に抱くキム・ミニを捉えたホーム・ムービーだったのではないか。結婚行進曲を口ずさむ笑顔のキム・ミニは、撮影者であり、おそらく監督本人であろう者から「愛してる」と言われ、笑顔で「愛しています」と応答する。執筆から離れていた小説家がとあるきっかけで映画を作ることになる本作の中で、その小説家が撮影した映画内映画を思わせる登場をしたこのホーム・ムービーのように、『自然は君に何を語るのか』はハ・ソングクとカン・ソイという実際にパートナーである俳優を恋人同士として起用し、演技を任せた。インタビューでハ・ソングクは、本作につけられたチャプターと実際の撮影回数とが一致すること、そしてホン・サンスが実生活と虚構と現実とを横断させたことで、むしろ虚構性を強く示してみせたのではないかと答えた。映画に現実を取り込み、またさらに虚構として現実へ差し戻す。こうして本作が紛れもなく「映画である」と証明することは、現実への眼差しを再構築する幸せな実験に他ならないだろう。
ーー今回恋人ジュニを演じられたカン・ソイさんとは実生活でもパートナーで、劇中でドンファが訪問する家もカン・ソイさんのご両親がお住まいだそうですね。キャスティングからこのような撮影に至った経緯はどういったものだったのでしょう?
ハ・ソングク 2024年の2月、『旅人の必需品』がベルリン映画祭に招待され、ご一緒した方々がソウルで小さなパーティーを開いてくださったんです。その食事の席にタッペクスク(劇中にも登場する鶏の薬膳スープ)が出たので、カン・ソイさんが、「私の両親も実際に田舎で鶏を飼っていて、タッペクスクを作る」と話しました。興味を持ったホン・サンス監督が私に「ご両親に一度招待されてみたら?」と、冗談で仰ったんです。でもその後監督から実際に連絡があり、カン・ソイさんのご両親のお家へ一緒に伺いたいと言われたので、私とカン・ソイさん、監督、制作室長(筆者註:キム・ミニ)と一緒にお家を訪ね、家を見て回りすぐ「ここで映画を撮る」と仰ったんです。
ーーその事実を知って驚いたたともに一層作品を楽しめたんですが、実生活のパートナーである方と一緒に、しかもその方の両親が実際に住んでいる家を舞台に"恋人の両親に会いに行く"というシチュエーションを演じるのは、あまりにも現実的ですよね。
ハ・ソングク そうですね、やはり簡単ではなかったです。パートナーを両親に紹介するという映画は多いですし、巷でもよくある話なんですが、とはいえ次元の違う出来事だと感じました。撮影前の私の予想では、非常に快適でリラックスした状態でいつも通りできると思っていたんですが、実際演じてみると全く逆でした。むしろ緊張感が増したことで「これこそまさに演技だ」と感じました。普段私がカン・ソイさんとパートナーとして交わす会話ではなく、正確なセリフとシチュエーションが決まっているからです。とても馴染みのある顔で毎日会っている人なのに、演技をする瞬間にとても見慣れない感じがすることでむしろ集中力が生まれるというのは実に不思議な感覚でした。ホン・サンス監督の台本の力だと思いますが、そんな経験ができました。
ーーカン・ソイさんのご両親が住んでいる家以外の撮影場所はどのように決められたのですか?
ハ・ソングク 監督たちと家を訪問した日、映画の内容と少し似ていますがカン・ソイさんのお父様が実際に家を見学させてくださいました。その時、樹木や道、飼われてる鶏たちも見たりして山を一周しながら見物をして、夕方に例のタッペクスクを自ら作ると仰ったので、我々は準備の間に車で近所を回りました。映画に出てくる観光地になっているお寺や川辺、レストランなど、家以外の他のすべての場所は、その日に見て回って決めたものなんですよね。その後、監督が別にもう一度訪れて、そこで見て感じたことを映画に反映させたのだそうです。映画は現実と全く同じ表現ではないですが、全体的にコースは同じで、似たような一日でした。
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ーー以前出演された『水の中で』もピントの合わない撮影でしたが、本作のあるシーンでも背景の自然にピントが合っていて人物がぼやけて見えます。カメラワークの工夫もさることながら、撮影機材それ自体の影響もあるように感じました。
ハ・ソングク 監督が10年以上前に映画撮影用として購入された、HD画質が撮影できる小型のビデオカメラで撮影されたと聞いております。基本的な機能を備えたオートも使えますが、監督があえて表現したいことがある時に活用されていると私も知っています。仰った通りズームを引き切ったせいで完全にフォーカスアウトになったり、そこからまたズームアウトしてから戻ったりするシーンで、植物にフォーカスが合い人々がぼやけて見えるような仕演出がなされています。撮影中、監督が即興で木のインサートも撮影されたり、ピントが合っていない画面を私たちにも見せて「この画が自分にとって感じが良い」と説明してくださったように、それぞれの意図を説明してくださる時とそうでない時もありました。ただ私が思うには、この映画の特性上、周囲がとても青々としていて、木々や美しい自然が画面に多く映り込むため、監督がその中に入り込んで会話を交わす人々が、ある意味でどれほど小さくて情けないか、自然に比べて取るに足らない存在に見えるかが大事なのではないでしょうか。または、その前で交わされる言葉がどれほど無意味であるかを、たった一つの画面で見せることができる装置がこのズームだとも思います。また劇中でドンファの視力に関する話の中で「レンズを使わずぼんやり見えることが、むしろ良い場合もある」というセリフがあります。ドンファという詩人の言葉を借り、形式的に演出として使うことで面白く見られるポイントになったように思います、監督はそういうこと考慮しながら、十分に調整されているんでしょう。それから横で見て知ったのですが、あのズームアウトもインも実に微細なレベルで調整をなさっているんですよ。「ああ、これこそが本当に監督ならではの感覚なんだな」と思いました。
ーーちょうど今ドンファが眼鏡をかけたがらないことに言及してくださったのですが、「見えない方がむしろ良い」というセリフ、そして神勒寺で樹齢600年の銀杏についてジュニとドンファが展開する会話なども含め、全体を通し哲学的な問いを観客に感じさせますよね。
ハ・ソングク 神勒寺のシーンは、実は互いに違うことを話しているんですよね。ドンファは非常に観念的で、若干哲学的な思考をめぐらせないと理解できない言葉遣いです。私たちはこの木に比べれば何でもない。何も知らないし、知ることもできないと。ドンファの人生を代弁する一つのエピソードだと私は理解していました。 片やジュニは「私たちが生きるためには、基本的なことは知ってなきゃいけないんじゃないの?」と、現実的な話で切り込みます。二人が話していることの間には大きな壁がある。何の基準もなく「知っている」「知らない」という話で区別して話すことはできないのに、会話をして喧嘩し、和解するというように、ドンファは自分の哲学と考えで以って人生を生きていますが、ジュニの家族は世俗的で、世間のルールに合ったものを求め生きているので、こんなふうに衝突するんですね。もちろん、どちらかが良いとは言えません。私自身も、それぞれに共感する面と違う面を持ち合わせていますし、ドンファについても極端に共感する部分が少しだけあるんですよ。結局人間は何も知らず、自分が「知っている」と思っていることも知っているわけではなく、ただその時々にちょうど自分の目の前にあるものに集中して感じ、感謝して生きればそれで終わりです。ただ...怠惰な考え方ですし、ある意味非常に卑怯なようにも思います。なので「生きるためには知るべきでは?」というジュニの意見にも共感できるんですよね。人が生きるためにはコンピューターは使いこなせなければならないし、自動車も運転できないといけません。世の中の動きを理解しなければならない点は共感するんですけど、それだけだと私たちは夢を見たり理想を持って何かを実現したり、希望を持つことはできないです。技術的な知識だけではなし得ない、いわば極端な話ですが、私たちは「知っている」と「知らない」に分けて話し始めて争うようになるんでしょう。私としては、このシーンは本作にまつわるすべてのことを語っていると思いました。
ーーカップルのごくありふれた喧嘩のようにも見えるんですが、ホン・サンス監督としてはかなり意識的に挿入したんですね。
ハ・ソングク 監督はとても重要視されていました。実は本来はより長台詞があり、完成したバージョンよりも2倍くらい長いシーンだったんです。「ドンファの考えていることをもっと詳しく説明できるなら一度やってみてください」と言われたんですが、残念ながら私が思ったより言葉を滑らかにできなくて、かなり短い凝縮したシーンになったんです。
ーークォン・ヘヒョさんが演じるジュニの父親、そしてドンファがコンプレックスを抱いている彼自身の父親は既成世代と言えます。ある意味、世代間の距離を作品からは感じますよね。
ハ・ソングク 私が出演した作品の限りですが、ホン・サンス監督は毎日早朝に書いた脚本を現場に持ってきて配布し、俳優やスタッフが約30分から1時間ほど台本を確認してから撮影を始めるスタイルです。なので、映画全体からそうしたテーマが感じられるかは、その日の状況にだけ集中していたので、正直当時は世代間の意見の違いを示したり、世代間で生じる差を示しているとは思えませんでした。たしかに私も完成した映画から不思議とそういう要素が感じられたんですが、この要素は世代の違いを鮮明に示すために設けられた装置というより、ただそう見えているものが含まれているということではないでしょうか。ドンファという人物の特別な状況と自然の中で、自分たちをずっと世俗的な価値に置いて生きるこの二つの家族と人々のただの衝突だと見ていました。その中でごく当たり前に世代というものがあるからこそ、世代間の衝突がどうしても少し見えていたのではないかと理解しています。
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ーー『自然は君に何を語るのか』も暗示的タイトルですね。哲学的であると同時に、先ほどの既成世代についてのお話を伺うと〝自然〟は実生活の中にごく普通にあり、人間がすでに認知しているものを表すものでもあるように思えます。
ハ・ソングク 銀杏の木のシーンに通じると思います。ジュニの家族は、自分たちが「知っている」と信じている基準で物事を判断しようとしますし、ドンファもまた自分が信じているものがあるので、それがぶつかったときに起こる出来事や感情が本作の核心的な要素ではないかと考えています。
ーー作品が8チャプターで終わりますが、この分け方にはどのような意味合いがあるのでしょうか?
ハ・ソングク 撮影回数です。私も完成版を観た時、監督に質問したんです。夜が明けるエピソードとなる8話目を「8回」とされたそうです。私の感じたことですが、本作が映画という人工的に撮影された物語であることを表現するための、監督が計算された装置だったのではないでしょうか。
ーーそしてラストシーンがまたとても面白かったです。とうとう車が壊れて動かなくなってしまい、ドンファがカーセンターに電話をかける姿を、全くピントの合っていないストップモーションで捉えて終わるので、かなり笑ってしまいました。
ハ・ソングク 撮影中はズームインとズームアウトが行われるということだけ知らされていて、最後にあのように止まるとは思っていませんでした。何か静止画像のようですよね。完成した映画を見て、写真のように終わることが示唆的だと思いました。ドンファがあの自然の中にあるジュニの家族の範囲からまだ抜け出せず、標本のように固定されているような気がして...「ドンファは死んでしまったのか?」なんて思ってしまうほど(笑)ちょっと衝撃的でした。私も面白かったです。
ーー最近のホン・サンス監督の作品には詩人が多く登場しますよね。ハ・ソングクさんについても、『旅人の必需品』でも本作でも詩人役を務められています。監督にとっての"詩人"とはどのような存在なのでしょう?
ハ・ソングク 私個人の考えですが、詩人という人々の特徴を好んでいらっしゃる気がします。詩人とはある意味で俗世からも遠く、純粋さを守り、自分たちだけの哲学を持って世界を見る視点を持つ人たちですよね。そこが監督にとって、ご自分の言いたいことを託せるキャラクターの一人なんでしょう。監督の映画には詩人、小説家、映画監督や俳優もたくさん出ている中でも、自分だけの視点や純粋さ、何らかの哲学性、世間から少し離れた特別なキャラクターを生み出すためにはとりわけ詩人というキャラクターは非常に見ていて面白く、かなり重要な映画的モチーフになるのではないのでしょうか。以前雑談をしていたとき、監督が「文学は本当に重要だ」そして「詩人は世の中に欠かせないものの中でも特に重要な要素の一つだ」と仰っていました。
ーーパートナーの両親が開いてくれた顔合わせの宴席で失敗してしまうドンファは、たしかにかつてホン・サンス監督作品によく登場していた「失敗して愚かしさを露呈する人間の滑稽さ」に連なるキャラクターです。ただし、主人公の抱く悩みや葛藤も繊細に見せているという面では、確実に新境地と言えますよね。
ハ・ソングク 私やシン・ソクホさん、パク・ミソさん、カン・ソイさん、キム・スンユンさんら若い俳優たちがともに多く出演しているさまを、監督はとても興味深く見守っておられるみたいです。なので『自然は私に何を語るのか』は個人的にも非常に大きな意味があります。この映画が非常に大きな変化の始まりなのか、それとも大きな一段落を閉じて別の出発となるかは正確に分かりませんが、私もそのような感覚を微妙に受け取っています。監督とこうして共に歩んできて。本当に微細ながら当然のこととして私も変わり、監督ご本人も変わっていくでしょう。日常の貴重な変化を見逃さないようにされているんだと思います。
ーーホン・サンス監督の常連俳優となって久しいですが、ホン・サンス監督から見てハ・ソングクさんはどのような存在なのでしょう?
ハ・ソングク 監督がこれまで何度か繰り返し言ってくださったのは、「あなたは性格的に昔のものを好むみたいだから、年長者に可愛がられるんでしょうね」という言葉です。それと「一生懸命生きているんだから、何かを無理してやったりしない方が良い。自然にしているのが良い」とも仰っておられました。私も共感しますし、そんな人になりたいとも思っています。監督が私をこんなふうに見てくださっていると聞いて、私の色々な面からある面白いポイントを見つけて、自分の映画に取り入れて使っているのではないかと考えたりもしました。あとは...「可愛い」と言ってもらえています(笑)。
取材・構成 荒井南
取材日 2026年2月10日
2025年/韓国/韓国語/カラー/16:9/108分
脚本・監督・製作・撮影・編集・音楽:ホン・サンス
出演:ハ・ソングク、カン・ソイ、クォン・ヘヒョ、チョ・ユニ、パク・ミソ
原題:그 자연이 네게 뭐라고 하니
英題:What Does That Nature Say to You
©2025 Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.
公式X @hongsangsoo_JP
2026年3月21日(土)よりユーロスペースほかにて上映中、全国順次公開
公式サイト:https://mimosafilms.com/gekkan-hongsangsoo/
ハ・ソングク(하성국)
1989年生まれ。建国大学校映画学科で学び、演劇および映画で活躍。ホン・サンス監督の作品は『小説家の映画』以降、『あなたの顔の前に』『旅人の必需品』『私たちの一日』『水の中で』『小川のほとりで』とコンスタントに出演。またホン・サンス監督以外にも『모퉁이(原題)』『ミマン』など多方面で活躍している。