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May 13, 2026

「銀河の一票」第3話 松本佳奈演出
結城秀勇

[ drama ]

 一昨日第4話が放映されたタイミングだが、見逃していた第3話があまりにもすごすぎたのでそれについて書く。
 「スナックとし子」の営業中にあかり(野呂佳代)が歌っていた中島みゆきの「悪女」について、終業後に片付けをしながら茉莉(黒木華)が次のような感想をもらす場面がある。

「「悪女」ってあんな歌だったんですね、もっと悪い人の歌なのかと思ってました」

 悪女を演じようとしながらうまくいかないこの歌詞の主人公を、あかりは「やさしい」と評し、茉莉は「プライド」だと思ったと述べる。このフレーズのチョイスだけで、「なにを与えられるか」をこの歌詞に見てとったあかりと、「なにを奪われずにすむか」ととらえた茉莉の、この物語全体に対するふたりのキャラクターの位置付けの好対照が見事に描写されている。しかし「銀河の一票」というドラマにおいてより重要なのは、ふたりの違いそのものよりも、続けてあかりが言う、「そうだよねえ、あんまりないもんね気持ちがひとつだけって」なのだ。もはやゆっきゅんか、あかり。「「楽しい」か「悲しい」かの二項対立なんて欺瞞なので。それは全然両立するというか、両方同時に起きる」(『OVER THE AURORA』ゆっきゅんインタビュー 「素晴らしくなく、素晴らしい人たちのために」 )。
 やさしさかプライドか。二択のように見えるがぜんぜん二択なんかではないチョイスは、メモの裏に書かれた言葉としても反復する。買い物メモの裏に書かれた「ごめんね」も、あかりをママに任命するメッセージの裏に書かれた「でもやめたくなったらいつでもやめていいよ」も、本音と建前とか嘘と真実とか、どちらかがどちらかとしてしか存在しえないような排他的なものではない。ただ両方あるだけ、それを両面同時に見ることはなかなか難しいだけ、なのだ。「スナックとし子」存続のためのあかりの努力を、「お気持ち」と切って捨てるとし子の成年後見人・竹林(中山求一郎)の判断自体もまた、彼の「お気持ち」に過ぎないように。
 痴呆が進むとし子(木野花)に、店をやっていた頃の活力を取り戻してほしいと願い、あかりはわざと完璧ではない味付けのタマゴサンドを差し入れしている。でもとし子はそれに気づいてくれない。だが第3話の最後でついに、彼女はなにかが足りていないんじゃないかと指摘するのだ。ただしタマゴサンドの中ではなく、あかりのお腹の中が。それはあかりが望んだこととは少し違ったが、でもあかりがもう一度見たかったとし子の姿でもある。「お腹すいてない?」、と差し出されるタマゴサンドに、もう滂沱の涙。
 もう画面もよく見えないくらいになりながらこのシーンを見ていて、思うのだ。「与える」とか「奪われない」ってなんだ?と。とし子があかりに差し出したタマゴサンドは、あかりがとし子のためにつくってきたもので、つまりタマゴサンドは、とし子の手を介して、もともとの所有者であるあかりに返っていくだけなのに、どうしてこんなに感動するのか。......ちょっと待てよ、政治ってここでとし子が行っていることそのものなんじゃないのか。別に税金はお上のお情けで下々に振る舞われるようなものじゃない。そんなのなんかより、味がちょっと足りなかったり、食べてほしい人に食べてもらえなかったり、望んだかたちにはならなかったとしても、お腹がすいた人にタマゴサンドが届くようにすることに、もっとずっと近いはずだ。

毎週月曜日夜10時からフジテレビ系列にて放映中