FIFAワールドカップ2026 ブラジル対日本
梅本健司
[ sports ]
この試合で守備時に左WG、攻撃時には中に絞って左IHの位置を任されたパケタだが、ワールドカップ直前の親善試合(対エジプト)とグループリーグ初戦のモロッコ戦では、逆の右WGで起用されていた。それまでその位置を担っていたのは、この試合では怪我で不在のハフィーニャ。ハフィーニャは所属クラブのバルセロナでは右にヤマルがいる関係で左WGを務めているが、本来は右WGを得意とする選手。素朴に考えればハフィーニャを右、パケタを左で使うのが妥当に思えるし、実際いまではパケタが左に回っている。それでもハフィーニャを左、パケタを右に置いた当初の選択は、ブラジル全体の構造とアンチェロッティの懸念を踏まえれば納得がいく。左に置かれた選手が守備時はWG、攻撃時はIHを行き来しなくてはならないのは、その前にいるヴィニシウスの特権的な役割──守備時は2トップの一角に前残りし、攻撃時は左の大外を使う──から生じる守備負担を肩代わりする必要があるからだ。いわば損な役回りだが、それでもモチベーションを落とさず守備の連続性を保つには、気まぐれな瞬間の多いパケタより、キャプテンシーを備えたハフィーニャの方が適任だろう。攻撃の適材適所より守備のバランスを優先した、いかにもアンチェロッティらしい選択だった。
この試合でパケタがその損な役回りの左に回ったのは、単にハフィーニャが怪我していたからではない。パケタが左に移ったのは、ハフィーニャが怪我する前、モロッコ戦前半のハイドレーションブレイク直後にまで遡る。当時のブラジルは1点ビハインド。攻めに出る必要があった。そこでアンチェロッティはリスクを承知でパケタ左、ハフィーニャ右に入れ替え、攻撃の配置を優先させた。
これ以降、ハイチ戦、スコットランド戦を通じて、アンチェロッティはブラジルの攻撃をさらに調整していく。本来トップ下が本職のパケタが右WGで使われる場合、攻撃時には内側に絞りたがる傾向がある。そのため後ろの右SBは一列前に上がり、空いた大外のスペースを使う方が好ましい。一方、大外からのドリブルを得意とするハフィーニャ(日本戦ではハイヤン)がそこに入る場合は、SBはむしろ内側に絞って後方からサポートする方が合う。この役割の違いによってSBの人選基準も変わり、いまはダニーロがその位置に落ち着いている。
対して左で起用されたパケタは、ハフィーニャがそこにいたときのように相手の中盤とDFラインの間でプレーするだけでなく、もう一列下がってゲームメイクに加わることが多くなった。その結果、空いた中央やや左寄りのスペースを使うのはヴィニシウスの役目になり、大外を使うのは左SBのサントスに変わった。この左サイドの可変をどう解釈するかは人によって分かれるところだろう。ただ、ヴィニシウスが本来得意とする位置から多少ずれていることを踏まえると、選手任せでこの形になったとは考えにくい。理由として考えられるのは、それまでうまくいっていなかった後方からのビルドアップにパケタを加え、ボール保持を安定させること。あるいは、心のどこかで守備に不安を抱えるアンチェロッティの苦肉の策として、ヴィニシウスの位置を攻守両局面を通じて2トップの一角に絞らせ、もともと守備負担の少ない役割からさらに負担を減らす狙いがあったのかもしれない。このような紆余曲折を経てブラジルは日本戦に臨んだ。要するに、いかにして守備のバランスを取るかという課題は、攻撃の配置を優先したためにまだ棚上げにされたままだった。
日本戦の前半、ブラジルが苦戦した要因は二つある。一つ目は言うまでもなくその守備。守備時に4-4-2気味の陣形を組むブラジルに対し、日本は3-4-3を組む。日本の最終ラインが3枚なのに対し、ブラジルの第一列は2枚しかなく、そのままでは数的不利になる。前からプレスをはめるには、片側のWGか中盤の選手を前に出して数的同数を作る必要があるが、それが行われたり行われなかったりと安定しない。前に出たとしても緩いジョグ程度で、日本にとって大したプレッシャーにはなっていなかったように見える。しかもブラジルの第一プレス隊は、ボールが自分たちを越した後も戻りが遅く、日本が使える中盤のスペースがぽっかり空いていた。そのため直接チャンスにつながらなくても、日本が短いパスをつないで前進できる場面は少なくなかった。
ブラジルがグループステージで築いてきた攻撃の形も、この試合ではあまり機能しなかった。そもそもハイチ戦やスコットランド戦も、自分たちのビルドアップというよりショートカウンターでチャンスを得ることが多く、同じ問題はもともとあったのだが、ほしい時間帯に得点できていたため、その問題が表面化しなかった。左IHのパケタが下がり、ヴィニシウスが左の内側前方に入り、サントスが大外に上がる。この可変が日本の最終ライン5枚にそのままはまってしまい、いわば自分たちからマークに付かれにいくような形になった。ワントップのクーニャも一列か二列下がってボールを受けにいくが、そもそも日本は人基準ではなくスペース基準で守っていたため、その動きに釣られることもない。
さらに、ヴィニシウスは相手選手に囲まれた状況でボールを受けるのがそれほど得意ではない。向かってくる相手をかわす技術はあるが、体の向きまで意識したポジショニングを内側ではできない。この試合では、ボールを受ける場所が日本の右CBに近すぎるため、どうしてもゴールに背を向けたプレーが多くなってしまう。ドリブルが持ち味の選手なのに、そもそもドリブルのモーションに入れない状態だった。日本からすれば怖いのは裏抜けくらいで、サイドに脅威となる選手がいなかった分、相手の次の一手を予測しやすく、落ち着いてゾーンを組むことができた。
ブラジルは後半立ち上がり、パケタをより攻撃的なエンドリッキに交代する。エンドリッキを右のストライカーに置き、クーニャと2トップを組ませる。これによってヴィニシウスが内側に絞るスペースがなくなり、必然的に得意な大外で待ち構える機会が増えた。日本からすると、ヴィニシウスの担当が右CBか右WGBに変わったことになる。日本の特徴は、本来守備的な選手が入るこのポジションに攻撃的な選手を置く点にあるが、ブラジルはそのデメリットを突こうとした形だ(とはいえこのポジションの堂安は、本職以上にSBの守備をこなせる選手ではある)。
さらに開始1分から明確だったように、ブラジルの攻撃目標はファーサイドへのクロス。日本の3CBを越え、WGBとCBの間に落とすようなボールを送り込む。これも日本の強気なWGB起用を逆手に取る狙いだろう。この策がはまった。
何より効いたのは、一見クロス攻撃には向かなそうな、身長の低いエンドリッキを起用してこの策に出たことかもしれない。クロスを頻繁に使うなら、本来はそれに合わせられる上背のあるFWがほしい。普通ならイゴール・チアゴを投入する。しかしチアゴへの交代は、日本に対して「狙いは空中戦」だという明確なメッセージにもなりかねない。アンチェロッティがどこまで意図していたかは正直わからないが、エンドリッキへの交代はサイド攻撃を強化しつつ、中盤から上がったギマラインスやカゼミーロをターゲットとするクロスが狙いだとすぐには悟らせない、奇襲につながった。日本はクロスから始まったブラジルの波状攻撃からうまく抜け出せず、後手を取り続けて逆転を許すことに。
百戦錬磨のアンチェロッティらしい見事な采配。ただし、冒頭から繰り返してきた守備の穴をどう埋めるかという課題はまだ解決されたわけではない。後半からは攻撃時と守備時でヴィニシウスとクーニャの位置がまるまる入れ替わるという歪な可変になっていたし、ギマラインスやカゼミーロを攻撃参加させるのは、1点がほしい状況を踏まえなければかなりリスクが高く、序盤から採用できるものではない。時間や状況に左右されない軸となる戦い方をいかにして見つけるか。それがブラジルが本当に強いチームに勝つうえでは必要なことだろう。