FIFAワールドカップ2026 ブラジル対ノルウェー
梅本健司
[ sports ]
本来ならハーランドの控えとして使われてもおかしくないセルロートを、内に絞らせるでもない、比較的オーソドックスな右WGとしてスタートさせるのが今大会でのノルウェーの定石。狙いはまず後ろからショートパスを繋いで前進することだが、そのうえでセルロートを前に置いておくことで、パスが詰まった際のロングボールという保険ができる。CBではなくSBと競り合う形になれば、大体はセルロートがボールを収められる。さらに相手がセルロートへのロングボールを嫌がって前がかりの守備をやめるなら、今度は手前で細かくパスを繋げばいい。このように複数の選択肢と、それを使う優先順位がはっきりしていることが、ノルウェーがどの試合でも比較的落ち着いていられる要因だろう。
とはいえこの試合に関しては、ブラジルが前から来ない分、セルロートのところでボールが収まったとしても陣地回復の時間は作れるものの、相手を裏返すほどの威力は持ち得ないように見えた。そもそも大会を通じて、セルロートに近いインサイドでプレーするウーデゴールが、彼から離れるような後ろ目のポジションを取ってしまうため、ボールを受けたセルロートには独力で前を向くか、結局SBに戻すくらいの選択肢しかない。
なおかつ、それがブラジルの目指すサッカーだったのかはわからないが、非保持でミドルゾーンを組み、狭いスペースにボールが渡った瞬間に密集を作って奪い、そこからヴィニシウスやハイアン、クーニャのスピードを使うカウンター、という得意の展開が、ノルウェーがボールを持って戦おうとしてきたために、日本戦よりもうまく出来ていたように思う。前半、ノルウェーのハイプレスを前にブラジルは安定した保持を作れず、支配率こそノルウェーが優勢だったものの、チャンスを作っていたのはブラジル、という印象だった。
しかし、ノルウェーの強さはそこから手数とリスクを最小限に抑えつつゲームを変えていける対応力にある。正確にいつからなのかは再見しないとわからないが、前半の終盤、ノルウェーが後方でボールを持っているとき、ブラジルの2CBの一角であるマルキーニョスがかなり前までノルウェーの選手をケアしに出てくるのが目についた。おそらく、ブラジルのボランチの背中をノルウェーの左IHベルグが(あるいは左SBメレルが内から上がる形で)取っていたのが気になったのだと思う。ノルウェーの狙いはおそらく、そのようにブラジルの中盤と最終ラインの間を突くことよりも、それによってブラジルのどちらかのCBを釣り出し、ハーランドに対して二人で対応できない状況を作り出すことだろう。リスクヘッジにはなるものの、それほど相手に刺さらないセルロート保険から、CBとのマッチアップになる分多少勝率は下がるが、勝てば、あるいは五分五分のルーズボールを生み出せれば一気にチャンスへ繋げられるハーランド保険へと、全体の構造を微調整しつつ乗り換えられるノルウェーの試合巧者ぶりが見事だった。
ノルウェーは、役目を終えたセルロートと、この日はドリブルの仕掛けが不調だった逆サイドのヌサを交代。これにより、より満遍なく両サイドから攻略できる形に変化した。前半にあった手詰まり感は消え、ブラジルもより後ろに下がって守る場面が増えた。
アンチェロッティは、日本戦の際に60分の時点でビハインドなら出場させるとネイマールに口約束していたらしいが、この試合では67分、スコアレスドローの状態でネイマールを投入。チームやサポーターの士気を上げる狙いもあるが、そもそもブラジル代表がネイマールを出さずに負けるのは許されない、という事情もあるのだろう。
交代で下がったのはマルティネッリ。マルティネッリは今日、守備時は左WG、攻撃時は左IHとして本来パケタやハフィーニャが担っていたはずの、日本戦のときにも触れたようなヴィニシウスの守備負担を軽くする役割を果たしていた。器用なタイプの選手ではないが、それでもその役割を懸命にこなしていただけに、交代させざるを得なかったのは惜しい。何より、さすがにネイマールほどのレジェンドにヴィニシウスの守備の尻拭いをさせるわけにはいかず、かといってヴィニシウス自身が急に守備をこなすようになるわけでもない。結果として中途半端な状態に陥ってしまった。さらに、マルティネッリが守備時に埋めていたスペースを補うため、中盤のダニーロを右WGのハイアンと入れ替え、その影響で守備の緩いエンドリッキも右WGに回さざるを得なくなった。ブラジルのCBの背後を狙い続けてきたハーランドが、それまでの動きを丸ごとおとりにして、逆に背後から前に飛び出しクロスに合わせたノルウェーの1点目は見事だったが、その直前でクロスを上げたシェルデルップに簡単に外されてしまったのが、このエンドリッキだった。日本戦では的中した途中交代の采配が、この試合ではほとんど裏目に出てしまったように思える。
そもそも、こうして試合中に形を変えざるを得なかったのは、前に書いた通り、軸となる戦い方が定まらなかったからだろう。ただ、さらにその背景には、ブラジルの世代交代がうまく進んでいないことや、それでも残ってしまった、実力に見合わない選手間の序列との折り合いの付け難さがある。外国人監督であるアンチェロッティは、対戦相手と同時に、こうしたブラジルのアンバランスさ、そして勝てるサッカーよりも見たいサッカーを優先するブラジル側の要求とも、常に格闘し続けなければならなかった。