『路上、お邪魔ですか?』@金沢21世紀美術館
金在源
[ art ]
「路上」とは一体何のことで、誰のものなのだろうか。路上は自由であり、不自由でもある。人々が出会う場であり、排除が行われる場でもある。路上とは、常に揺らぎの中にあるとも言えるかもしれない。現在、金沢21世紀美術館で開催中の『路上、お邪魔ですか?』は、さまざまな角度から路上を捉え直し、「路上とは何か」を可視化することで、鑑賞者にその答えを考えるためのヒントを与えてくれる。
本展では、変容する路上の姿が七つのセクションに分けて展示されている。「遊びとハック」で目を引くのが、95歳の大道芸人ギリヤーク尼ヶ崎が踊る写真と映像だ。約60年間路上で踊り続け、ペースメーカーを入れ、パーキンソン病を患った今も魂を込めて踊る彼の姿は、生命力に溢れている。その踊りは、「祈りの踊り」と呼ばれる。彼を代表する演目のひとつである『念仏じょんがら』は、亡き妹と母へ捧げる祈りだ。『念仏じょんがら』は、一つの場所にとどまって行われるものではない。路上を駆け、水を被り、地面に伏し、叫びとともに捧げられる。そして彼は、東日本大震災や能登半島地震の被災地でも、追悼として『念仏じょんがら』を踊ってきた。「どうか、亡くなった人たちが......」「かあさーん」などの言葉とともに、聞き取ることが難しい叫びもある。言葉にならない叫びが、路上にはある。宗教性を帯びているようにも見える彼の演舞と、そこに集まった観衆を見ていると、路上は時に舞台となり、祈りの場となり、居合わせた人がその祈りに心を合わせる空間でもあることに気付かされる。そしてそれだけではなく、亡くなった人たちの存在も同時に浮かび上がってくる。それは、路上が生きている人だけの空間ではないことを、ギリヤーク尼ヶ崎がその身体を通して体現しているようにも思える。
「道か、広場か」というセクションでは、山田脩二と迫川尚子が、新宿駅西口地下「広場」が「通路」へ変わっていく様子を写し出す。かつて存在した新宿駅西口地下広場は、1969年にベトナム戦争に反対する若者たちの集会の場となり、警察との衝突が起きたことをきっかけに、公共に開かれた広場ではなく、通路であるとされた歴史がある。その後、バブルの崩壊を機に、その通路は路上生活者が生きる場所へと姿を変えていく。だが、そこでも再びダンボールハウスの強制撤去などによって、そこにあった人々の営みは排除され、見えなくされていった。迫川の写真には、排除の中にあって、路上で生きることを求め、抵抗を続ける人々の姿が刻まれている。
それらを鑑賞する中で、私は2017年に金沢市が、市庁舎前広場における市民団体による護憲集会を不許可にしたことを想起せずにはいられなかった。当時、「石川県憲法を守る会」が憲法記念日に「憲法施行70周年集会」の開催を金沢市長に対して申請した際、金沢市はこれを不許可とした。その後、守る会は集会の自由に反するとして、国に対して訴訟を起こす。だが、2023年、最高裁において金沢市庁舎前広場は公園などの「公の施設」とは異なるとされ、集会の不許可は合憲とされた【1】。そして本展は、その市庁舎の真横にあり、事業主体が金沢市である金沢21世紀美術館で行われている。本展が、集会の自由をめぐって行政と市民の間で争われた場所を目の前にして開催されていることは、指摘しておく必要があるのではないだろうか。それは、路上における排除が、私たちと無関係の場所で行われているのではなく、私たちのすぐ側で起きていることを示していると、私は感じる。
ギリヤーク尼ヶ崎の踊りも、広場での集会も、路上生活者の営みも、それぞれの形で路上を使って行われてきた。しかし、その一方で、権力によって、路上にあったさまざまな声や生はかき消されてきた。路上をめぐる問題とは、誰の声や身体が可視化されるのかという問題なのだ。人々が息づく路上は、権力によって監視され、「存在していい者」と「存在してはならない者」の選別が、いとも容易く行われてしまう。そのような統治の中にありながらも、私たちの営みの場としての路上はそこにあり、変化し続ける。そこで私たちは存在し続ける。同時に、私たち自身もまた、他者を邪魔者として排除してしまう側に立ってしまうことを忘れてはならないだろう。路上において、お邪魔なのは一体誰なのだろうか。
【1】根岸拓朗、遠藤隆史「金沢市庁舎前の広場、使用不許可は『合憲』 最高裁『中立性』理由に」『朝日新聞』2023年2月21日