朴壽南・朴麻衣監督『よみがえる声』アフタートーク
金在源×岸桃子
2026年5月16日 石川県 シネモンド
[ cinema , talk ]
2026年5月16日、石川県金沢市のミニシアター・シネモンドで行われた、朴壽南・朴麻衣監督『よみがえる声』上映後トークの内容を掲載します。
日本に生きた朝鮮人たちの声を記録し、復元し続けてきた両監督の作品が、いまを生きる私たちに何を投げかけているのかについて、金在源(NOBODY編集部員)と岸桃子(アーティスト)でお話ししました。
金在源 『よみがえる声』が金沢市で上映されるにあたって、今回、朴麻衣さんと朴壽南さんからメッセージをいただいています。
「金沢の皆さまこんにちは朴麻衣です。今日は、シネモンドにお集まりいただき、心から感謝申し上げます。私たちは今、韓国のソウルに来ています。母、朴壽南が世宗(セジョン)文化賞を授与し、15日に景福宮の前にて開かれた授賞式に参加しました。韓国では一昨年秋に『よみがえる声』が全国で劇場公開され、今日も映画を観た20代の若いドキュメンタリー監督達が駆けつけ、母を囲み夜中の23時まで話しが続きました。91歳の監督は少女にかえったように、韓国の若者たちに『民族の独立はまだ成し遂げられていないのではないか。私たちは革命を起こしていかなければならない』と熱く語りかけました。
『よみがえる声』を通して韓国、日本で対話が広がり続けています。シネモンドにおいて今この瞬間に『よみがえる声』を観て対話が始まることを大変嬉しく思っています。最後に金沢ではこの上映のために地元の市民の皆さまがまだ雪深い2月に、実行委員会を作り宣伝活動にお力添えいただきました。劇場スタッフの皆さま、金沢の実行委員の皆さまに厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。ソウルより」
『よみがえる声』は昨年の夏に公開され、おそらく私が最初にレビューを書かせていただきました。重い内容でありながらも、この作品を今観ることの意味について執筆しました。それを麻衣さんがご覧になって、そこから連絡を取るようになり、本日のトークに繋がりました。そして、岸さんには私からお声掛けさせていただきました。
岸桃子 私は、この映画を観るまで知らなかったことがあまりにも多いと思いました。自分も日本に生まれ、25年くらい生きていますが、同じ土地にいて原爆の被害を受けた朝鮮人の方々がいらっしゃった話など、この歴史がなぜ私に今まで伝わってこなかったのだろうかと思いました。それぐらい在日朝鮮人としての歴史を語ることが日本社会において、いかに出てきづらい声になっていたのかという状況に怒りを覚えながら映画を観ていました。また、私も日本国籍を所有し、本作に登場するような在日朝鮮人の方々のことを知らずに生きてこられた「特権性」について、無自覚であったらいけない、自覚を持って生きていきたいなとこの映画を観終わって思いました。
金在源 言葉だけで知っていても、「慰安婦の方々」や「強制連行された人々」という枠の中では収まりきらない、個別の人生があって、名前があります。この作品に登場されていた方々の多くが既に亡くなられているという状況も踏まえて考えると、私たちは今この日本社会で、その人たちの生をどう捉え直すのかということを問われている。本作は、そのことを私たちに投げかけているのだと思います。
岸桃子 「話せなくてごめんなさい」と言っていた方が印象に残りました。自分の結婚のことについて、喋れずに泣いていらっしゃって、自分の口に出せない言葉に対して壽南さんは、「沈黙は映画に出る。沈黙は映像としてちゃんと観ている人たちに伝わるから、それはそれでいいのです」とちゃんと肯定をしているシーンがすごく印象的でした。
金在源 壽南さんは、もともと焼肉屋を営みながら作家として活動していました。その過程で、文字では補えない感情の機微を表現する術として映像を選んだという話がありました。私自身が観ていてすごく印象的だったのは、壽南さんの視力がどんどん低下するという展開です。映像を残そうとしている一方で、ご自身は視力がなくなっていく。その中で、手触りや、これまで出会ってきた人々の言葉を反芻しながら、当時の風景や現場が壽南さんの中に浮かんでくるという語りは興味深いと思いました。
岸桃子 壽南さんが上を見上げているシーンが何回もありました。誰の顔を見ているわけでもなく、光の方に顔が向いているようなシーンがあって、そういうところからも壽南さんが、人やものの光の方をずっと見ていることが伝わるような、すごく印象的な場面でした。
私が気になっていたシーンがもう一つあって、冒頭10分もしてないぐらいのところで劇団が舞台をやっているシーンが映ります。音楽が流れていて、車椅子の方が何人か原発作業員の服を着ているシーンです。あの人は誰なのか麻衣さんに直接お聞きしました。あの方々は「湘南亀組」というパントマイム劇団で、平塚養護学校の先生と生徒たちのつながりでつくられた劇団です。障がいを持っている方と健常な方で一緒に作っていくパントマイム劇団ということでした。最初は学校の中でパントマイム劇を発表していましたが、外に向けて発表する中で、最終的に全国や世界を回る劇団になりました。インタビューに2人の方が映られていて、 1人は関谷先生という方と、もう1人は福田稔(別名:宇宙塵)さんという方です。福田さんはパントマイム劇をやりながら、詩人でもあり、たくさんの言葉を発信し続けていました。常に世界のことや日本のことを脳性麻痺の立場から、発信し続けていた方だとのことです。麻衣さんは16歳の頃に壽南さんが監督の『もうひとつの広島』(1986)の上映会を養護学校でしたことがあり、その頃からずっと知り合いだそうです。麻衣さんもパントマイム劇をやったことがあると仰っていました。
金在源 湘南亀組が目指しているのは学校と地域との垣根を壊していくことなのでしょうか。
岸桃子 そうですね。麻衣さんは「生徒たちは解放された存在です」と仰っていました。ただ学校の先生たちの間では、パントマイム劇の上演に反発があったそうです。それを関谷先生や、他の方々の協力で、パントマイム劇を外に出そうとしていったそうです。見た人からは感動したという声があります。
福田稔さんは 今年の2月に亡くなったそうです。福田さんは関谷先生の生徒さんです。すごくパワフルな方だったそうで、養護学校の卒業後にグループホームに一度も入ることなく自立した生活を送られていて、自立して生きる障がい者の草分け的な存在です。パンフレットに記載はない団体のことですのでお話しさせていただきました。
金在源 小松川事件は、この作品を貫く一本の柱として描かれていると思います。私は本作を4、5回観ているのですが、観るたびに新しい発見があります。壽南さんは、李珍宇のアイデンティティを回復させていくことを一つの主題として、ずっと活動をされてきました。私はそれに対して、李珍宇が民族差別の被害者であったことと、女性に対する暴力の加害者であったことを、切り離さずに見る視点が必要ではないかと考えていました。ただ、今回作品を観ていて壽南さん自身もまた、その加害性の問題を視野に入れていたのではないかと感じました。それは、壽南さんが1990年6月、韓国の番組に出演された際に「ご結婚はされているのですか」や「子どもはいるのですか」と聞かれる中で 、「男性はまだ解放されていない」と仰っている姿から伝わってきました。その他にも、被爆した方々がお化粧をされているシーン、慰安婦の方々とのつながり、また、軍艦島を壽南さんが訪れたときに「遊郭はあったのか」と気にしている場面を見ていると、壽南さんが一貫して、社会の中で傷つけられ、周縁化されてきた女性たちの経験に目を向け続けていたことが伝わってきます。だからこそ、李珍宇の事件についても、民族差別の問題だけではなく、女性に向けられた暴力という側面を意識されていたのではないかと感じました。
作中、「アイデンティティを回復していくことによって自分の犯した罪の大きさを知る」という発言がありましたが、それは民族的な尊厳を取り戻すことだけではなく、李珍宇自身の内にあった暴力性と向き合うことでもあったのではないかと思いました。李珍宇自身が抱えていた男性中心的な価値観や、日本社会、さらには在日社会の中にある家父長制的構造の中で培われてきた感覚が、女性への暴力として発露してしまったことを、李珍宇自身に自覚させていくということまで、壽南さんは視野に入れていたのではないのかと思いました。
岸桃子 壽南さんは映画の中で、自分がどういう歴史の中で生きているのかをまず知ることが大事だと仰っていました。その上で自分が何者であって、誰のために何がしたいか、自分の行動を決定していくときにまず自分自身の歴史を知るのは大切なことだ、とも。そのように、自分のアイデンティティを知るということを壽南さんは李珍宇に対してもしてほしかったと思っているのはすごく印象的でした。
金在源 岸さんは最初の方で「特権性」と仰っていました。私も在日として生きてきて、これまで差別を受けてきた経験があります。その一方で、自分を別の側面から見たときに、自分もまた特権的な立場に立って生きているということを本作は投げかけているように感じました。例えば、私が男性として持っている立場だったり、岸さんが仰ったように、日本国籍を所有していることで不自由を感じずに生きてこられた、その無意識の特権にどう自覚的である必要があるのかが問いかけられているのだと思います。
その上で、本作を通して私たちに何ができるのかを考えたときに、ここに登場した人のことを 一人でも私たちが記憶することなのかなと思いました。一人だけでも私たちの記憶にとどめ、何ができるのか問い続けていく。そのことが必要だと感じました。
岸桃子 私もそう思います。麻衣さんにそのことを話したら、壽南さんはまさに「一人でもいいから印象に残してほしい」と考えて映画づくりをしていると仰っていました。全ての情報を1から10までとか、100までと、つぶさに見ていくのではなく、一つでもすごく印象に残った人がいたら、その人のことを考えてほしいと私もこの映画を観て思います。
上野克(シネモンド支配人) お二人が仰っていた中で、壽南さんが映像にシフトするという理由について、それは映像でなければ映し出せないことがあるという話が出ていました。それは金さんが仰っていた、「その姿形を覚えておくこと」は映像でなければできないことであり、その人の個性を出すことだと思います。在日という記号ではなく、姿があるからこそ、この人は一人の個人で生きているのだということが伝わってくると思います。
はじめの方で壽南さんに麻衣さんがカメラを向けて、「もっとわかりやすく喋って。カメラを通して見ている人は私ではないのだから」というのに対して壽南さんが「私がカメラだ」って言いますよね。この物語は、壽南さんが今までいろんな人に出会って、取材をしてきた言葉が紡がれているのですが、それと同時に壽南さんの物語だと思います。壽南さんの人生が麻衣さんを中心に語られている。「よみがえる声」の中には、壽南さんのメッセージも入っているのではないかと思っています。
金在源 壽南さんご自身が、在日本朝鮮人総聯合会から「李珍宇を支援するなら組織から追放する」と言われ、在日として複雑な生を歩んできたことがわかります。また、麻衣さんも学校で差別を受けてきました。そんな二人の思いがぶつかるシーンは、在日という存在もまた一枚岩ではないということが表されていると感じます。是非、何回も観ていただいて、心に残るシーンや人と出会ってもらいたいと思っています。
岸桃子 『よみがえる声』の「よみがえる」って何なのかをずっと考えています。昔の戦争の記憶や、過去にあったことを、すごく昔の出来事のように思ってしまったりもするのですが、そこからよみがえる声であると同時に、それだけではなく、自分の中に眠っていたある記憶がよみがえってくることもあると思います。現代に生きている私たちも、今まで言えなかったこと、抑圧されていて口に出せなかった言葉がよみがえるというふうに、広く捉えてもいいと思います。
協力:岸桃子、シネモンド
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2025年/日本・韓国合作/148分
監督:朴壽南、朴麻衣(共同監督)
助監督:佐藤千綋
撮影:大津幸四郎、星野欣一、照屋真治、朴麻衣、金稔万、キム・ミョンユン
編集・プロデューサー:朴麻衣、ムン・ジョンヒョン
フィルム復元協力:安井喜雄
公式サイト:https://tinmoku2025.jp/
公式X:https://x.com/tinmoku2017
岸桃子(アーティスト)
2000年、神奈川県生まれ。金沢美術工芸大学大学院彫刻専攻修了。
パフォーマンスやインスタレーションなどといった個人の作品発表と並行して、植民地主義や資本主義に抵抗したいという思いから、イベントの企画や運営を行っている。
Instagram:https://www.instagram.com/momoko_kishi/