坂本安美 ブログ

カトリーヌ・ドヌーヴからの手紙

坂本安美

--「リベラシオン」2018年1月14日掲載--

Catherine Deneuve : «Rien dans le texte ne prétend que le harcèlement a du bon, sans quoi je ne l'aurais pas signé»

あの文章は、どこにおいても、セクシャル・ハラスメントを正しいとはまったく述べてはおらず、そうでなければ私は署名しなかったでしょう。

カトリーヌ・ドヌーヴ


「性的自由」を守るために「しつこく言い寄る自由」を訴える声明文に署名をしてから1週間後、カトリーヌ・ドヌーヴは、自ら署名したことを認めながらも、他に署名した何人かによる言動とは距離を置いていることを明かす。そしてこの文章によってショックを受けたかもしれない性的暴行の被害者達に対してお詫びの気持ちを述べている。

カトリーヌ・ドヌーヴは、1月12日(金)に私たちが電話で行ったインタビューの後、以下に掲載するテキストを手紙の形式で送ってくれた。それは私たちによってお願いしたからであり、なぜなら彼女自身の声を聴きたい、そして複数の人々に署名されたあの声明文全体に彼女が賛同しているのかどうか知りたい、そしてその後の署名者の何人かの発言に対してどのような反応を示しているのか確認したいと願っていたからだ。つまり彼女自身の立場を表明することを私たちは願った。

「リベラシオン」編集部



たしかに私は、『ル・モンド』紙に掲載された『...自由を擁護します』と題された声明文[註1]に署名しましたが、この声明文は多くの反応を引き起こし、明確にすべき点があると思います。

はい、私は自由を愛しています。誰もが裁き、仲裁し、断罪する権利を持っていると感じているような、現代に特徴的なこういった風潮は好きではありません。今はソーシャル・ネットワークで告発されただけで処罰を受け、辞任せざるを得なくなり、時に、そして多くの場合、メディアによる集団批判、リンチを受けることになります。30年前に誰かのお尻を触ったという理由で、法的なプロセスを経ることなく、ひとりの俳優が一本の映画作品のクレジットから消され、ニューヨークの大きな機関の代表が辞任に追い込まれることが可能な時代です。私は何も弁護しません。そうした男性たちの罪に裁断を下すような資格は私にはありません。そして(法的なプロセスの外で)そんな資格を持つ人などほとんどいないでしょう。

私はただ、今日あまりにも日常的になっている、猟犬のように人の後を追い回そうとする傾向が好きではないのです。『#balancetonporc(豚野郎を告発せよ)』[註2]を賛同することに、昨年10月当初から私が留保しているのはそうした理由からです。

私はうぶなお人好しでもなく、たしかに男性の方が女性よりもそうした行為に及ぶことが多いことは理解しています。しかしこのハッシュタグが密告を誘うようなものではないとどうして言えるのでしょう? そこに操作や汚い手口が存在しない、無実の自殺者がでることはない、と誰が保証できるでしょうか? 「豚野郎」も、「あばずれsalope」もなく、私たちは共に生きるべきでありです。そしてこれは認めますが、声明文『...自由を擁護する』は完全に正しいとは言わないまでも、力強い文章だと私は感じたのです。

たしかに私はこの声明文に署名しましたが、今日、何人かの署名者たちが、我が物顔にメディアで自分の意見を述べ、文章の精神さえ歪めてしまっている、そのやり方に私が感じている異論をきちんと示す必要があると強く感じました。テレビ番組の中で『レイプの際にオルガスムに達することがある』、と述べることは、そうした犯罪の犠牲者たちの顔に唾を吐くより酷い行為です。こうした発言をすれば、破滅させるために権力を用い、セクシュアリティを使う習慣を持つ者たちに、彼らの行為はそれほど深刻なことではない、なぜなら犠牲者たちが性的快楽を得ることもあるから、という口実を与えるリスクがあります。それだけではありません。他の多くの人々と声明書に署名する時、私たちは連帯して表明するのであり、自分自身の言葉を自制することなく述べて、他の参加者を巻き込むことは避けなければなりません。これは恥ずべき行為です。あの文章は、どの部分においても、セクシャル・ハラスメントを正しいとは述べてはおらず、そうでなければ私は署名しなかったでしょう。

私は17才から女優です。そしてこれまでにデリカシーに欠けるなどと言う以上の状況を目にしたことがあり、また他の女優たちから、卑劣なやり方で自分の権力を濫用した映画監督がいたと聞いたこともあります。そのことに言及する事はできます。ただ、私は彼女たちの立場から語ることはできません。そして、つねに権力や階級的立場、あるいは支配の形態が、身体的、心的外傷を引き起こすような、耐えられないような状況を作り出すのです。職を失うリスクがあるため、あるいは侮辱や下劣な嘲弄を受けてしまい、ノンと言えなくなるとき、そうした罠がかけられます。私は、したがって、打開策は、我々の子供たち、男の子、そして女の子たちの教育にあると思います。しかしまた場合によっては、セクハラ行為があれば即座に調査を行うことを職場の規約で定めることも必要でしょう。そういった点において、私は司法の力を信じたいと思います。

結局のところ、私があの声明文に署名したのは、私にとって非常に重要と思えたある理由によります。それは芸術における浄化の危機です。世界文学全集でサドの本を焼き払うことになるのでしょうか? レオナルド・ダ・ヴィンチをペドフィリアとみなし、彼の絵画を消去したりするのでしょうか?ゴーギャンの絵画も美術館から外されるのでしょうか?エゴン・シーレのデッサンは破壊される?それではフィル・スペクターのCDさえも禁止されるのでしょうか? こうした検閲の雰囲気には声を失い、私たちの社会の将来に対して不安にならざるを得ません。

私は時にフェミニストではないと非難されることがあります。私が『343人のあばずれ(343 salopes)たちの声明』[註3]のひとりであり、マルグリット・デュラスやフランソワーズ・サガンたちと共に、シモーヌ・ド・ボーヴォワールが書いた声明文『私は妊娠中絶しました』に私自身も署名したことを思い出してもらうべきでしょうか?当時、妊娠中絶は刑罰の対象となり、投獄されることもありました。だからこそ、戦略的に今回私を支持することが自分たちの得になると考えたあらゆる種類の保守主義者、人種差別主義者、伝統主義者に、私は騙されはしないのだと伝えたかったのです。彼らは私の感謝も、友情も得ることはなく、まさにその逆なのです。

私は自由な女です。そしてこれからもそうあり続けるでしょう。『ル・モンド』に掲載された声明文から攻撃されたと感じた、憎むべき行為の全ての犠牲者へ、友愛の意を表し、彼女たち、ただ彼女たちにのみ、私はお詫びいたします。

敬具
カトリーヌ・ドヌーヴ



訳者から
昨年のフランス映画祭の団長として来日したドヌーヴに数日間アテンドをさせて頂いた。その際に、一番印象に残ったのは、彼女がひとつひとつの出来事、ひとりひとりの発言、行為を自分の目で見て、自分の耳で聞き、受け止める人だということだった。たとえば、前日に、彼女の心を傷つけ、疑問視するような出来事があり、直後は傷つき、それを批判的な言葉で評していても、翌朝、ホテルの部屋に迎えに行くと、片手にタバコ、もう片方にコーヒーを持ちながら、清々しい表情で、その出来事、あるいはその人物を違う角度から捉え直し、なるべくその人の立場から理解しようとしている彼女がいるのだ。これまでも彼女のインタビューを読む度に感じてきたが、身近で接することで、彼女の発言、その眼差しが彼女の生きてきた体験、彼女自身の思考から出てきているのだと改めて感じられた。自分自身の場所から、自分自身の声を発してきた彼女だからこそ、人一倍、集団で寄って集って批判したり、裁いたりする風潮に耐えられない思いを抱いているのだと理解する。そしてこれまでのそのフィルモグラフィーを見れば分かるように、ドヌーヴは既存の価値観を覆し、ショッキングなまでに自由な女性を演じ、芸術である映画の可能性を作り手とともに探求してきた。そんな彼女だからこそ、行き過ぎたポリティカルコレクトネスが芸術表現の自由を奪う「芸術における浄化」の傾向を非常に不安視し、憂いでいるのだろう。しかし、まずなによりも、今回の「ル・モンド」の声明文に傷ついた性的暴力の犠牲者の声を聞き、心痛め、彼女たちになによりもお詫びの気持ちを真摯に伝えたいと願ったことが彼女にこの手紙を書く決断へと至らせた一番の理由であるだろう。
拙訳で、どれだけ彼女の真意を届けることができるか不安だが、まずはこの手紙を読んでいただき、それぞれが自分の言葉で語り、議論できる場を持てることを願い、ここに訳出した。

尚、原文は「リベラシオン」編集部の以下のサイトに掲載されており、英語訳でも読むことができる。
https://goo.gl/5Mp6C5

坂本安美



[註1]

2018年1月10日にフランス日刊紙「ル・モンド」に発表された「100人の女たちによるもう一つの意見」と題された声明文。起草者としてサラ・シッシュ(作家、精神分析医)、カトリーヌ・ミレ(アート批評家、作家)、カトリーヌ・ロブ=グリエ(女優、作家)、ペギー・サストル(作家、ジャーナリスト、翻訳家)、アブノス・シャルマニ(作家、ジャーナリスト)、そしてカトリーヌ・ドヌーヴほか、イングリット・カーフェン(女優、歌手)、エリザベット・レヴィ(ジャーナリスト)らが署名しています。数々の映画関係の翻訳書がある井上正昭氏の翻訳をご参照ください。

[註2]

米プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスティーン氏のセクハラ事件をめぐる動きがフランスにも波及し、議論が巻き起こった。米女優がツイッターで、セクハラ被害に遭った女性に「#Me Too」によって呼びかけたのに対して、フランスでは2017年10月13日に、サンドラ・ミュレール記者が「#balancetonporc(豚野郎を告発せよ)」でセクハラ体験を暴露するよう呼びかけ、18日までに33万5300件のメッセージが飛び交い、さらに議論が沸騰した。

[註3]

1971年4月5日、「ヌーヴェル・オプセルヴァトワール」誌に、シモーヌ・ド・ボーヴォワール、マルグリット・デュラス、カトリーヌ・ドヌーヴ、フランソワーズ・サガンら女性たちが「フランスでは100万人の女性が堕胎している。私もその一人であることを宣言する」という〈343人のあばずれたちの声明〉を発表し、人工妊娠中絶合法化を要求した。この運動が功を奏し、1975年に人口妊娠中絶合法化を明記したヴェイユ法が制定される。この法は、それまで不衛生で危険な非合法の中絶を選択せざるを得ない女性を含む全ての女性にとっての身体への権利を獲得し、女性の身体への自由、ひいては女性の人権を確立した重要なターニングポイントとして位置づけられる。

カトリーヌ・ドヌーヴの眼の中で...

坂本安美

フランスの人気カルチャー週刊誌である「レザンロキュプティブル」の編集長、元「カイエ・デュ・シネマ」編集長である映画批評家ジャン=マルク・ラランヌによるラジオ番組「...の眼の中で」(Dans les yeux de...)は、映画人を招き、映像、映画だけではなく、絵画、写真、ゲーム、テレビ、漫画、つまり彼らの「眼の中」に映り、記憶している映像についてラランヌが質問し、ゲストが自由に語り、彼らの出演作の音楽や映画の抜粋が流れる、それぞれの映像の歴史、映画史が見えてくる大変興味深い番組である。これまでにジェーン・バーキン、クリストフ・オノレ、アルノー・デプレシャン、オリヴィエ・アサイヤスなどが招かれた。これまで数多くの映画人と素晴らしいインタビューを行ってきたラランヌのジャーナリストとしての才能が十全に発揮されている。

2017年3月5日、ラランヌがもっとも憧れ、これまで何度となくインタビューをし、論じてきたフランスを代表する大女優カトリーヌ・ドヌーヴがこの番組に招かれる。

冒頭、トリュフォーの『暗くなるまでこの恋を』(1969年)の、ジャン=ポール・ベルモンドの、カトリーヌ・ドヌーヴへの感動的な愛の告白のシーンの抜粋が流れる。
「君の顔はひとつの風景だ。ふたつの目は茶色の湖だ」
「茶色と緑よ」
「そう茶色と緑色の湖だ。君の額は平原、君の鼻は小さな山、君の口は火山だ。おお、君を見ていると、あまりの美しさに目が痛くなる。待ってくれ」
「待っているわ」

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『暗くなるまでこの恋を』

この親密で官能的なふたりのやり取りのあとに、司会者であるラランヌによるドヌーヴへの「愛の告白」が続く。「カトリーヌ・ドヌーヴの顔はひとつの風景である。カトリーヌ・ドヌーヴはイメージ、いやそれ以上であり、おそらく映画史上もっとも力強いイコンとして存在している。そのイコンの力の中で、ドヌーヴはジャック・ドゥミの王女様から、ルイス・ブニュエルの倒錯的な女性まで、『暗くなるまでこの恋を』の冒険を顧みない詐欺師女から『終電車』(1980年)の気丈な女性まで、スターの輝きを放つと同時に、アンドレ・テシネの映画で日常を送る現代の女性まで繊細に演じ、女優としてのパレットには幾つもの多様な色が散りばめてきた。カトリーヌ・ドヌーヴは映像の運動そのもの、動く映像=イコンそのものであり、その道程はフランス映画史上の中でもっとも心動かされ、魅惑的である。しかしそのイコンは決してひとつに留まることなく、つねに生き生きと、動き続けている。おそらくそれは彼女がほかの映像に対してつねに大いなる好奇心、情熱を抱き続けていることによるだろう。カトリーヌ・ドヌーヴはつねに新しい映像、新しいフォルム、多様なジャンルの映画の可能性へ好奇心を持ち続けている。連続ドラマ、絵画、漫画など、様々な形態の映像への彼女の情熱を語ってもらった」
ラランヌにはかつて東京日仏学院でドヌーヴ特集を開催した際に「フランス映画の女優たち」について講演をしてもらったことがある。ダニエル・ダリユーからドヌーヴまで、それぞれの女優のスタイル、魅力が語られ、彼女たちがいかにフランス映画史を彩り、変革して行ったのか、抜粋映像とともにとても刺激的な論が展開された。


どうやら、インタビューの場所はどこかのカフェのテラスなのか、お皿が触れ合う音、隣の席の話し声も多少漏れ聞え、煙草に火をつける音が何度か確認できる。ヘビースモーカーのドヌーヴのこと、煙草が吸える場所でのインタビューとなったのかもしれない。ふたりの笑い声も何度か聞こえ、ラランヌの質問にとてもリラックスして、愉しげに答えている彼女の姿が思い浮かべられる。
ドヌーヴはまずマルジャン=サトラピ、タルディなどの作家のバンデシネ(フランスの漫画)への好みについて語り、そこからデッサン、絵画へと話題が及ぶ。「ルーブル美術館に学校の見学で初めて訪れたとき、エジプトの作品のコレクションの前で、その妖しげな雰囲気に強い印象を受けたのをよく覚えています」

「映画で恐怖を感じますか、あるいは感じるのが好きですか」という質問に、声をひそめ、低い声で「映画で怖がるの、好きだわ。ホラー映画もよく見ます。『エクソシスト』とか」と答えるドヌーヴの遊び心がなんともチャーミングである。「とくに吸血鬼映画が大好きです。トニー・スコットの『ハンガー』(1983年)への出演を引き受けた理由のひとつはまさにそこでした。吸血鬼を演じられるなんて、ミステリアスで官能的で素敵だわ、と思ったのです」

『ハンガー』の劇中で使用されている、バウハウスのヴォーカル、ピーター・マーフィーの「Bela Lugosi's Dead」が流れる。

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『ハンガー』

JML デヴィット・ボウイと共演なさった『ハンガー』はご自分の出演作の中でも思い入れの深い作品ですか?
CD はい、とても!まずトニー・スコットのことが大好きですし、彼とはとても馬が合いました。一緒に映画を作り、映像、トラヴェリングなどキャメラの動きに対する彼の配慮、一つ一つのショットにかける心配りにとても感銘を受けました。ニューヨークの橋の上のシーンなど、印象深いです。


次に、若い頃に好みだった俳優についての質問に、クラーク・ゲーブルやモンゴメリー・クリフト、そしてアメリカの30年代のコメディ映画の女優たちへの想いを語る。

CD アメリカ人の俳優たちのエネルギーは素晴らしいですよね。まず大きな声で話し、つねに彼らは「オーバー・サイズ」なんですよね(笑)。
キャサリー・ヘップバーンはもちろんのこと、ケーリー・グランドと共演していたジーン・アーサー、ジュディ・ホリディ、それからマリリン・モンロー、こうしたコメディ映画の女優たちの希有な存在に憧れました。とくに『お熱いのがお好き』(1959年)や『帰らざる河』(1954年)のマリリンには驚かされました。ジョージ・キューカーとの未完の作品、そして彼女の遺作となったはずの作品(『女房は生きていた』1962年)での、マリリンの肉体の脆さには心が揺さぶられます。ほとんど白く見えるほどに輝くブロンドの髪、痩せ細ったその身体......人生の淵に立っているかのようでした。

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『女房は生きていた』


ドヌーヴは連続ドラマについても熱を持って話す。「「X-ファイル」が放映されていたときは、その時間に帰宅するように頑張りました。もちろん道理をわきまえ、一日に3エピソードぐらいまでにとどめるようにはしておりますが...」(その後もアメリカ、フランスの連続ドラマのタイトルが次々と挙がる)。


ドヌーヴがセルジュ・ゲンズブールと共に作ったアルバム『SOUVIENS-TOI DE M'OUBLIE』から『Digital delay』が流れる。
彼女の語りかけるような艶のある歌声を聴きながら、アルバム・ジャケットのHELMUT NEWTON撮影による美しいドヌーヴの写真が思い出される。
「愛では、つねにひとりが苦しみ、もうひとりが退屈している、とバルザックが毎晩語ってくれた」
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次に、最近観た中で好きな映画について聞かれると...

CD もちろん『マンチェスター・バイ・ザ・シー』にはとても感動しました。ケイシー・アフレックは素晴らしかったと思います。それからジム・ジャームッシュの『パターソン』も大好きでした。滑稽で、優しさがあり...、ジャームッシュの作品はほとんどすべて見ています。アジア映画もたくさん見ていて、その中でもジャ・ジャンクーに大変興味を持っています。日本映画では是枝裕和の作品も好きです。フランス映画ではポール・ヴァーホーヴェンの『エル ELLE』、そして若手女性監督たちの作品、たとえばカテル・キレヴェレの『あさがくるまえに』には非常に心打たれました。セリーヌ・シアマもとても才能のある監督だと思います。オリヴィエ・アサイヤスの『パーソナル・ショッパー』も好きでした。アサイヤスの撮り方は本当にエレガントで、『シルス・マリア』(2014年)もよかったし、彼の映画のスタイルはすばらしいですね。クリステン・スチュワートは現在、最も興味深い女優のひとりだと思います。

クリストフ・オノレ監督の『愛のあしあと』(2011年)で娘のキアラ・マストロヤンニとデュエットしている『軽い娘』が流れる。
この映画でふたりは母娘を演じている。彼女達の直接の自伝的映画であるわけではないのだが、ふたりの関係、それぞれの女性としての人生が見えてくるようで、ふたりが一緒に歌い出す駅のホームのシーンは何度見ても感動する。

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『愛のあしあと』

この娘にして、この母親
私は軽い女のままでいた
心の重さとその神秘を避けるため
石の鞄のような愛
重いもの、傷つけるものを避けるため
哀れみを決して求めず、ただ欲望だけを求める


 写真についての質問では、姉たち(ドヌーヴは4姉妹の3番目)との記憶や、日常のささやかなこと、ものを彼女が大切にしていることが伺える次の言葉が心に残った。「写真は、箱の中にしまっています。アルバムで整理する気力はなくて。箱から取り出して、時々眺めて、その写真の中の雰囲気を思い出しています。メランコリックになるときもありますよね、ちょっと。小さい頃に両親や姉たちと写っている写真を見せると、モノクロなのですが、自分の着ていた洋服の色や素材についての細かい記憶がはっきりと思い出されます。姉たちのお古をもらって着ていたことが多かったけれども、とても大切に思っていたからかもしれません」


 最後に、ドヌーヴの最近の出演作、そして今後の企画について質問される。まず今年のフランス映画祭で日本初上映されるマルタン・プロヴォ監督の『ルージュの手紙』(2017年 冬 全国順次ロードショー)、そしてティエリー・クリファ監督『すべてが私たちを引き離す』(2017年)が今年公開予定だ。両作品、続けて最近見たのだが、その身体が以前より多少なりとも厚みも増しているとしても、ドヌーヴという女優がつねに軽やかさ、フランス映画よりも、もしかしたら彼女が大好きなアメリカのコメディ女優の軽やかさを持っていることをあらためて確認した。その軽やかさでもって、ドヌーヴは、普通なら躊躇してしまうような何かと何かの境、階級、世代、男と女、もしかしたら生と死さえ、ときに軽々と、ときに震えながらも潔く超えていく。ラランヌが言うところの「映像の運動」そのもの、自由そのものであるカトリーヌ・ドヌーヴ。
今後の企画としてはアンドレ・テシネとの7本目か8本目になる作品、そして『終電車』(1980年)や『しあわせの雨傘』(2010年)などことあるごとに共演しているジェラール・ドパルデューとの「心温まる」コメディがあるそうだ。


 最後のラランヌの質問「あなたの映画への愛は尽きぬものですか?」に、「はい、尽きぬもの、まだまだ尽きぬものです」と歌うようなに答えるドヌーヴ。軽やかにスクリーンを通り抜けながらも、そこに自分の生きてきた人生を自ずと刻んでいくカトリーヌ・ドヌーヴという女優。彼女はこれからも颯爽と、軽やかに映画史を、人生を進んで行くだろう。その姿をこれからも、いつまでもずっと見つめていきたい。


フランソワ・オゾンの『しあわせの雨傘』(2010年)で流れる彼女の孫娘の父親でもある歌手のバンジャマン・ビオレとデュエットしたジャン・フェレの曲『C'est beau la vie(人生は美しい)』が番組ラストに流れる。

君のブロンドの髪の中を揺らす風
地平線の上の太陽
シャンソンの幾つか言葉、
なんて美しいんだ、なんて美しいの、人生は、


※このラジオ番組は以下のリンクからPodcastでお聴き頂けます。
http://www.novaplanet.com/radionova/72564/episode-dans-les-yeux-de-catherine-deneuve