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April 27, 2024

『ラジオ下神⽩ーあのとき あのまちの⾳楽から いまここへ』小森はるか
結城秀勇

[ cinema ]

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© KOMORI Haruka + Radio Shimo-Kajiro

 山形国際ドキュメンタリー映画祭2023でこの作品を見たときの記憶では、カラオケシーンが多いこの映画で、カラオケだけではなく歌手本人の歌うバージョンもラジオとしてチラッと流れる気がしていた。美空ひばりの「愛燦燦」や加山雄三の「君といつまでも」が部分的に流れていた気がしたのだが、見直したらそんなことはなかった。さらに山口百恵の「さよならの向こう側」もかかっていた気になっていたが、これにいたっては曲自体が流れていなかった。
 そんな思い違いをしてしまうことが、ある意味で、この作品の魅力の一端を物語っているのではないかと思う。あの歌を歌ったのはこの人だったのか、それとも違うあの人だったか。もしかするとこの映画に姿など見せない、自分しか知らない人の歌声だったのか。そんなふうに、実際にスクリーンから聞こえてくる歌声と重なり合うようにして、この映画を見る人の頭の中では、たぶんその人しか知らないその歌を歌う誰かの歌声も一緒に鳴っているのではないかという気がする。そこでは歌手本人の歌うオリジナルか、素人の歌うカラオケか、などという区別も関係ないし、もちろん上手い下手などは全然重要なことではない。もっと言えばその歌が本当に聞こえていたのかどうかすら関係ないのかもしれない。「変化と連なり さよならのかわりに」というラジオCDのタイトルを耳にしただけで、「さよならの向こう側」を聞いた気になった私のように。
 歌詞のワンフレーズ、一片のメロディを聞いただけで、そのほかの部分もついつい思い出して口ずさんでしまう。それがただの「ヒットソング」だけではない「歌謡曲」というものの効用のような気がするし、この作品自体が、それとよく似たかたちでできている気がする。被写体たちには、この映画には映っていない人生がある。そんな、どんなドキュメンタリー映画であってもあたりまえの事実が、『ラジオ下神白』では極端に前景化する。喫茶トレドの脇坂さんと林さんにメニューを渡してくれと頼んだ「茂子さん」は誰なんだろう?「もう会わないほうがいいと思う」と言われて帰ってきて、「君といつまでも」を聞いていた藁谷さんと彼女の間になにが起こったんだろう?
 幸いなことに、「ラジオ下神白」というプロジェクトには、活動を記録した「ラジオ下神白 あのとき あのまちの音楽から いまここへ 2017-2019」というブックレットがあり、それを読むと上記のような疑問に対する答えを少し知ることができたりする。そして読んでから再び映画『ラジオ下神白』を見ると、絶対に思わぬ発見がある。同じ歌詞、同じメロディが、状況によって(それこそフラれた後に部屋で「君といつまでも」を聞く藁谷さんみたく)違ったふうに聞こえるように。
 そして映画の外にある「ラジオ下神白」というプロジェクトの成果物として、アサダワタルと下神白団地のみなさんによる「福島ソングスケイプ」というCDがあることもどうしてもここで書いておきたい。お世辞じゃなくものすごくすばらしい。本当なら一曲一曲すべての語りについて細かく書きたいところなのだが、そんなスペースもないので一曲だけ触れるなら、それはやはり、映画の中でも流れるクリスマスの歌声喫茶のラストを飾る「愛燦燦」だ。こんなの泣くに決まってる。感動するのはあの場にいた人たちが「心をひとつにして」この歌を歌っているからじゃない。まったく真逆に、これが漠然とした「全体」による合唱なんかではなく、そこからこぼれ落ちていきそうになる、遅すぎたり早すぎたりするテンポ、低すぎたり高すぎたりする音域のようなものを大切にするためにミキシングされているからだ。「わずかばかりの運の悪さ」も、「思い通りにならない夢」も、「心秘そかな嬉し涙」も、決してたったひとつの像を結ぶことなく、遅すぎたり早すぎたり高すぎたり低すぎたりするひとつひとつの声のぶんだけ重なり合う。そしてたぶんそれを聞くひとりひとりのぶんだけ。
 だから、映画『ラジオ下神白』がこの「愛燦燦」クリスマスバージョンを一曲まるまる「全体」を見せるような使い方をしなかったことが、ほんとうに大事な気がした。それはパンフレットで小森はるかが書く、いみ子さんの話にも通じることだと思う。「さよならはしません」と言ういみ子さんの最近の十八番が「宗右衛門町ブルース」であること(この曲のサビは「さよなら〜さよなら〜」だ)。最後の歌声喫茶まで、何回かある練習シーンではサビ前の「宗右衛門町よ〜」でブツっと切っていること。そしてこの歌を締めくくるのは、1番の「さようなら〜」でも2番の「さみしそう〜」でもなく、3番の「(明るい笑顔を)見せとくれ〜」であること。この映画の中で流れるひとつひとつの歌は、みんな、「さよならのかわりに」歌っている。
 「さよならじゃなく、また逢う日まで、ですね」「さよならはしません」。だからしばらく経ってこの映画のことを思い出したときに、「ふたりで〜ドアをし〜め〜て〜」と歌う尾崎紀世彦の声が流れていたことになっていたとしても、そんなに間違ったことではないんだと思う。

4/27より、ポレポレ東中野ほか全国順次公開

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