第79回カンヌ国際映画祭報告(3)『A Girl Unknown』ズー・ジン監督インタビュー
槻舘南菜子
[ cinema , interview ]
今年、新人監督の初長編に与えられるカメラドール候補となる作品は、公式部門(15本)、併行部門である監督週間(5本)と批評家週間(9本)の初長編を含めた29本であった。最終的に受賞した作品は、ルワンダ出身の女性監督であるマリー=クレモンティーヌ・デュザブジャンボ『Ben'imana』であった。ルワンダ映画の初長編としてカンヌに選出された今作は、個人的な物語を語るのではなく、2012年のルワンダにおけるジェノサイドの記憶を女性を軸に語り、いかにそれを継承するかを強く意識している。その使命感は評価に値するだろうが、近年の仏共同製作作品にありがちな人類学的、社会的な要素と地域性を強調し、バランスの取れた「良作」に留まっている感は否めない。初長編の魅力とは、何よりもその作品が生まれる個人的な必然性であり、その不完全さではないか。
一方、今年のカンヌ国際映画祭全部門を通して唯一の中国映画として批評家週間に選出されたズー・ジン『A Girl Unknown』は、中国社会の歴史と共に、ひとりの少女のアイデンティティを巡る物語だ。2021年に批評家週間部門に選ばれた初監督短編『Lili Alone』でグランプリを受賞し、その後、批評家週間部門の初長編ラボ「Next Step」でのグランプリを経て、初長編となる『A Girl Unknown』を制作するに至ったという。短編から長編へとヨーロッパにおいてはロールモデルとも言える製作方法で初長編に挑み、国際批評家連盟賞を受賞した彼女に話を伺った。
ーーあなたは、テレビでキャリアをスタートさせ、ドキュメンタリーやCMを手がけた後に初短編『Lili Alone』を監督しました。初短編を監督するに至るまでの道のりを教えていただけますか。
ズー・ジン(以下、ZJ) 私は中学生の頃、政治の授業中に詩を書くような子どもでした。本を読むのが大好きで、書くことも好きでしたが、映画監督になるなんて夢にも思いませんでした。当初の情熱は文学にあり、映画学校に通ったこともありませんでした。大学卒業後、偶然にもリアリティ番組の脚本家としてスカウトされ、それが私の初めての撮影現場体験となりました。私はすぐにその世界に魅了されました。そこからテレビ業界でのキャリアをスタートさせ、長年にわたりドキュメンタリーやCM制作に携わりました。いま振り返ると、それらの経験から多くのことを学びました。ドキュメンタリー制作では、人を観察する方法、耳を傾ける方法、そして現実に対して忍耐強く向き合うことを学びました。CM制作では、映像によるストーリーテリングと、制約の中で仕事をするという規律を学びました。しかし、何年か経つと、探求したい特定の物語や感情が、それらの形式にはどうしても収まりきらないと感じるようになりました。答えを与えるのではなく、問いを投げかける自由を求め、曖昧さや沈黙、感情の複雑さを表現する余地をつくりたかったのです。そこで脚本を書き始め、脚本執筆のワークショップにも参加しました。その頃、非合法の代理出産産業に関するニュース記事を読んだんです。その話は長いあいだ、私の心に残り続けました。やがてそれは、私の最初の短編映画『Lili Alone』の出発点となったのです。
ーー初長編作品の『A Girl Unknown』のモデルとなったのは、あなたの祖母の体験と聞いています。この作品は中国社会の問題を語るとともに、三つの名前を持つ少女のアイデンティの探求の物語でもあります。どのようにこの物語を構築していったのでしょうか。
ZJ この映画は私の祖母の体験に一部着想を得ています。祖母は生後間もなく里子に出され、別の家庭で育てられました。彼女はその頃の生活についてほとんど語らなかったのですが、そのような断絶や不安を抱えながら育つとは、いったいどんな気持ちだったのだろうと想像していました。同時に、この映画は彼女の物語をそのまま再現したものではありません。私は広範な調査を行い、1980年代から1990年代に生まれ、遺棄、養子縁組、里親制度、あるいは家族内でのその他の形の居場所の喪失を経験した多くの女性たちと話をしました。そうして徐々に、この登場人物は、様々な人生や記憶が融合した存在となっていったのです。当初から、私は社会的な論評というよりも、アイデンティティという視点を通じてこの物語を語りたいと考えていました。また私が興味を持ったのは、この少女に何が起きたかということだけでなく、異なる家族、異なる環境、さらには異なる名前を次々と渡り歩く中で、彼女が自分自身をどのように理解していくかという点でした。だからこそこの映画は、三つの章と三つの名前を軸に構成されています。それぞれの新しい名前は、彼女の人生の異なる段階を表すと同時に、他者によって彼女に押し付けられた異なるアイデンティティをも象徴しています。彼女がこれらの世界を渡り歩く中で、適応し、その場に溶け込み、別の人物になるよう繰り返し求められます。しかし、こうした変化の底流には、絶え間ない自己探求が流れています。物語は特定の中国の文脈に根ざしているものの、私はつねにこの作品をアイデンティティや帰属意識、そして愛され認められたいという人間の欲求を描いた普遍的な成長物語として捉えようとしました。結局のところ、この物語は彼女がどこから来たのかということよりも、彼女がどのようにしてこの世界で自分の居場所を確立していくのかという学びに重きを置いているのです。
ーーあなたの作品は、主人公の「肖像」を捉えるという側面があります。とりわけ、主人公の少女の顔を映したショットが印象的でした。どのように若い俳優をキャスティングしているのでしょうか。
ZJ キャスティングそのものが非常に主観的で、時には直感的なものになることもあるため、一概に言うことは難しいです。子どもの顔には、言葉では言い尽くせない謎が宿っていると感じることがよくあります。この映画のために、私たちは数ヶ月にわたり何百人もの子どもたちに会いました。演技の技術的なスキルは、けっして私の第一の関心事ではありませんでした。私が求めていたのは、ある種の感情的な真実――カメラの前でただそこに存在し、沈黙の中でもその内面が感じられるような子でした。子役を起用する際、私は観察を非常に重視しています。撮影前に彼らと同じ時間を過ごし、話をしたり遊んだりして、一人ひとりの人間性を知ることを大切にしています。多くの場合、彼らをユニークにしているその個性こそが、キャラクターそのものの一部となるのです。
曹若凡(カオ・ルオファン)の場合、真っ先に私の心を捉えたのは彼女の瞳でした。彼女には静かな感受性と、周囲の世界を観察する天性の能力がありました。彼女が話していない時でさえ、何かを考え、感じていることが伝わってきました。それは、私が思い描いていたキャラクターに非常に近いものを感じさせました。
ーー扉やカーテンなどの仕切りがもうひとつのフレームとして機能しているシーンは素晴らしいです。どのような意図を持ってカメラのポジションを決めているのですか。
ZJ 私はよく、カメラの位置を「感情的な位置」だと捉えています。この映画では、王娟がつねに自分の居場所を探し求めているため、ドアや窓、カーテン越しに彼女を撮影することに惹かれました。こうした要素がフレーム内に重層的な空間を生み出し、彼女が同時に「内側」と「外側」にいるという感覚を映し出しています。それに建築が物語の一部となることが好きです。感情を直接的に表現するのではなく、空間が静かにキャラクターの体験を明らかにしてくれるのです。映画の大部分において、彼女は過渡的な状態にある。だからこそ構図は、その感覚を視覚化する手段となっています。構図は、繋がりと隔絶を同時に暗示し得る。時には彼女を他者から遠ざけ、時には空間の中に閉じ込められたように見せ、また時には、彼女がまだ完全には属していない人生を覗き込んでいるような感覚を生み出します。
ーー最後のシーンはなぜ海で終わらせようと思ったのでしょうか。
ZJ 私にとって海辺で映画を締めくくることは、彼女が最初から抱えてきた恐怖への答えのひとつでもあります。冒頭の溺れるシーンには背景があります。彼女は生まれた直後に海に捨てられたのかもしれない。悲しいことに、かつて、そのようなことが現実的に頻繁に起きていました。その経験が彼女の最初のトラウマとなり、生涯を通じて彼女につきまとう潜在的な傷跡を残している。水に対する彼女の恐怖は、ほとんど口に出されることはありませんが、映画の中で繰り返し登場する水の存在を通じて響き渡っていると思います。同時にこの結末は、この家族が真の意味で「家族」となる最初の瞬間でもある。そしてたがいを受け入れ、愛し合うことで、彼女はついに、ずっと恐れてきたものと向き合う強さを見出す。かつては「見捨てられ」、「恐怖」を象徴していたものが、自由と受容、そして可能性に満ちた空間へと変わるのです。フランソワ・トリュフォー『大人は判ってくれない』については、直接的なオマージュとして構想されたわけではなく、私の心に長く残っている作品であり、その精神の一部が無意識のうちにこの結末に反映されたのかもしれないと思っています。
中国の脚本家、映画監督。テレビ業界でキャリアをスタートさせ、ドキュメンタリーやCMの制作を手がけた後、初のフィクション短編映画『Lili Alone』でカンヌ国際映画祭併行部門、第60回「批評家週間」でグランプリを受賞し、80以上の国際映画祭で上映された。初の長編映画プロジェクト『A Girl Unknown』は、2024年の「批評家週間」でネクスト・ステップ賞を受賞した。
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