特集『旅と日々』

© 2025『旅と日々』製作委員会

国際映画祭グランプリという栄誉も傑作という評価もこの作品にはどこか馴染まない。かといって慎ましく撮られた小品というには収まらない強度と大胆さに、見るたびに襟を正される。『旅と日々』の複雑な拡がりに迫るには、旅に出るようにでもなく、日々を紡ぐようにでもなく、旅と日々のあいだを揺れ動きながら出会うさまざまな驚きに、その都度向き合うほかないだろう。今回は2本の論考と1万字近い監督インタビューとともに特集をお届けする。

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『旅と日々』

出演:シム・ウンギョン 堤真一 河合優実 髙田万作 佐野史郎 斉藤陽一郎 松浦慎一郎 足立智充 梅舟惟永

原作:つげ義春「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」

監督・脚本:三宅唱

製作:映画『旅と日々』製作委員会

製作幹事:ビターズ・エンド、カルチュア・エンタテインメント

企画・プロデュース:セディックインターナショナル

制作プロダクション:ザフール

配給・宣伝:ビターズ・エンド

何かが並んで存在していること 金川晋吾

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 独特な存在の仕方をしている映画だ。
 鉛筆を手にノートに向かい合っている人が、何か思案しているところから映画ははじまる。その人はしばらくじっと宙を見つめたあと、ためらいながら数文字ずつノートに言葉を書きつけていく。それはハングル文字で私には読めないが、日本語の字幕が画面上にあらわれる。
 「シーン1、夏 海辺」「行き止まりに車が止まっている」「後部座席で女が目を覚ます」
 ショットが切り替わると、深い青が画面全体を覆っている。書かれた通りの場面が映し出される。動いている雲を映し出しているフロントガラスごしに、後部座席で体を横たえている女性が見える。さらにその奥では、海が太陽の光を反射してきらめいている。さっきの人は脚本を書いていて、それが映像化されたものを今自分は見ているということがわかる。
 映画はそのまま夏の海辺での出来事を映し出していく。

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三宅唱インタビュー どう軽やかになるか

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——つげ義春作品のなかから、なぜ「海辺の叙景」と「ほんやら洞のべんさん」を選ばれたのか。また、映画内映画でその2篇をつなげるというアイディアはどこからきたのか教えてください。

三宅唱(以下、三宅)  つげ義春全集を読み、自分の好きな作品をリストにして眺めていたときに、「夏と冬を組み合わせたらどうなるんだろう?」という、シンプルな出発点でした。それぞれの季節にロケするのも楽しそうだし、と。企画を考えていたのはコロナ禍だったから余計に旅行したかったのかもしれない。 映画内映画の構造になったのは、当初「蒸発」も組み合わせて3部作にしようと考えていた名残りです。「蒸発」は劇中劇形式のマンガで、途中で江戸末期の井上井月という俳人の話になるんですね。夏と冬と、その時代劇の3部構成を考えていて、途中で「蒸発」をやらないという判断をしたけれど、劇中劇の構造が残りました。 主人公の設定がマンガ家のままでいいのかはだいぶ迷って、実はそのまま夏編の撮影に入ってしまったんだけど、初日に河合優実さんが車の後部座席で起き上がるファーストカットを撮って、「ああ、これは映画内映画にすべきものが撮れちゃったなあ」と。それで脚本家に変更する覚悟が決まった記憶があります。

——素朴な質問なのですが、ファーストシーンでシム・ウンギョンさん演じる主人公が書いている「海辺の叙景」の描写は、三宅監督が夏編を撮るときに脚本に書いた描写と同じなんですか?

三宅 たしかそうです。

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日々の層へと分け入る旅 鷲谷花

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 つげ義春のマンガは、1991年の『無能の人』(竹中直人監督)以来たびたび映画化されているが、近作『雨の中の慾情』(片山慎三監督)まで、原作に準拠したタイトルをつけるのが通例のようだ。それに対して、つげ義春「海辺の叙景」と「ほんやら洞のべんさん」を原作とする三宅唱監督の新作には、原作2作ほかのつげ義春作品にはないタイトル『旅と日々』がついている。
『旅と日々』というタイトルのつげ義春作品はないとはいえ、「旅」すなわち地理的な移動と、「日々」すなわちさまざまに推移し連環する時間の層の体験は、つげ義春作品の根幹的な要素には違いない。主人公たちはしばしば旅に出て、旅先の土地の風景と建物、そこで暮らす人びとの経てきた「日々」へと分け入り、そうすることで、あたりまえに現在が過去になり未来が現在になるばかりの、もしくは停滞した現在が連なるばかりの自らの「日々」から、つかの間自分自身を引き離す。

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